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運動量演算子による並進演算


1.並進演算子

並進演算とは、関数を平行移動することである。高校までの数学でも習うとおり、関数\(f(x)\)をx方向に+a平行移動するには \[f(x)\to f(x-a)\] のような計算をすればいい。今回はこのような変換を行う演算子について考えてみる。さて、突然だが\(f(x-a)\)をxのまわりでテイラー展開してみよう。すると、 \[f(x-a) = f(x) - a\frac{df}{dx} + \frac{a^2}{2!}\frac{d^2f}{dx^2} - \cdots\tag{1}\] となる。この式を次のようにみてみよう。 \[f(x-a) = \left(1 - a\frac{d}{dx} + \frac{a^2}{2!}\frac{d^2}{dx^2} - \cdots\right)f(x)\tag{2}\] すると、 \[\left(1 - a\frac{d}{dx} + \frac{a^2}{2!}\frac{d^2}{dx^2} - \cdots\right)\tag{3}\] という演算子によって、 \[f(x)\to f(x-a)\] という変換が行われていることがわかる。

(3)の演算子が平行移動させる演算子なのだが、この演算子は指数関数を用いて次のように書き直すことができる。 \[\exp\left(-a\frac{d}{dx}\right) = 1 - a\frac{d}{dx} + \frac{a^2}{2!}\frac{d^2}{dx^2} - \cdots\] さらに、運動量演算子が位置表示した時にどのように表されていたかを思い出すと、 \[p = -i\frac{d}{dx}\] だったから、(このページでは\(\hbar=1\)としておく。これを代入すると、 \[\exp\left(-iap\right) = 1 + a\frac{d}{dx} + \frac{a^2}{2!}\frac{d^2}{dx^2} + \cdots\tag{4}\] が平行移動の演算子となることがわかるだろう。

と、ここまでは単にテイラー展開をして置き換えただけ。しかし、運動量演算子\(p\)で書き換えるということによって、実は並進演算が位置演算子との交換関係\([x,p]=i\)から導かれる性質だということがわかるのだ、次にそれを説明しよう。

2.並進演算子による位置演算子の変換

状態\(\ket{\psi}\)をaだけ平行移動させた状態 \[\ket{\psi'} = \exp\left(-iap\right)\ket{\psi}\] の位置の期待値は、\(\exp\left(-iap\right)^\dagger =\exp\left(iap\right)\)を使うと、 \begin{align} \langle x\rangle &= \bra{\psi'}x\ket{\psi'}\\ &=\bra{\psi}\exp\left(iap\right)x\exp\left(-iap\right)\ket{\psi} \end{align} と求められる。この変化は、たしかに状態を変換したものとしてみることもできるが、しかし、演算子を次のように変換したものとみることもできるだろう。ちょうどシュレディンガー描像とハイゼンベルク描像に対応する見方の違いである。今回は、並進演算を次のように位置演算子の変換として捉えて見ることにする。 \[x' = \exp\left(iap\right)x\exp\left(-iap\right)\] さて、じゃあこの演算子\(x'\)はしっかりと平行移動しているか確かめてみよう。それには、この前証明したHadamardの補題、 \[e^A B e^{-A} = \sum_{n=0}^\infty \frac{1}{n!} \underbrace{[A,[A,\cdots,[A}_n,B]\cdots]\tag{5}\] を使う。すると、 \[x' = \sum_{n=0}^\infty \frac{(ia)^n}{n!} \underbrace{[p,[p,\cdots,[p}_n,x]\cdots]\tag{6}\] を得る。ところで、量子力学では、位置演算子と運動量演算子の間には、必ず次のような正準交換関係と呼ばれる関係が成立しているのだった。(さっきも言ったが、このページでは\(\hbar=1\)としていることをもう一度だけ注意しておこう。) \[[p,x]=-i\] したがって、交換子を2回以上掛けたものは \[[p,[p,x]] = [p,-i] = 0\] のように消えてしまう。したがって、 \[x' = x+ia[p,x] =x+a\] となる。これはまさにaだけ並進させた演算子である。この演算子の期待値は、 \[\langle x'\rangle = \langle x\rangle + a\] となっているからだ。

ここで注意したいのは、この関係が\([x,p]=i\)という交換関係と、運動量演算子のエルミート性のみによって導き出すことができるというところである。

そこで、幾つかの教科書や解説では、運動量演算子を「\(e^{-iap}\)が並進演算を行う」というところから定義しているものがある。そうすることによって、逆に交換関係やエルミート性を導き出すことができるからだ。

確かに並進演算を生み出す演算子として運動量演算子を定義すると、なぜ\([x,p]=i\)という交換関係が成り立つのか、ということが、それは並進演算というものの性質がそうなのだ、というところに押し付けることができる。

しかし、僕個人の意見としては、\([x,p]=i\)を原理として置くほうが分かりやすい気がするんだ。もともとの経緯から言って、ボーアの量子条件\(\int pdx = nh\)を書き直したものが\([x,p]=i\)なのだから。\([x,p]=i\)が、量子力学的な粒子がなぜだかわからないが必ず従うべき条件だと考えるほうが、気持ち悪くない気もする。

でも一方で、古典力学の正準変換において、運動量が並進演算の役割を果たしていることは確かだ。だから、そこから運動量が並進演算を生み出すものだと考えて、並進演算の性質として交換関係を導き出すやり方があることもわかる。

でも結局今のところ (僕の不勉強かも知れないが)、この2つの違いは、どうやって古典論から量子力学を生み出すか、という違いに過ぎないと考えていいと思う。量子力学の世界では交換関係とエルミート性がなぜだか知らないが成り立っている、と考えるか、並進演算を生み出すものの性質として運動量を定義するか、という違いである。

ここを書きながら自分の意見が変わってきた。よく考えてみれば、確かに空間並進というものに直感的に備わっている性質を原理にして、交換関係やエルミート性を導き出すほうが、経験的な原理から法則を導き出すという物理のやり方に沿っているのかもしれない。でも一方で、なんとなく並進演算が運動量と結びつくということが、直感的に理解できていない自分がいる。なんで並進演算が運動量と結びつくんだろうなあ。