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角運動量演算子による角運動量演算子の回転


1.角運動量演算子の交換関係と空間の回転

角運動量演算子\(\hat{l_x},\hat{l_y},\hat{l_z}\)は以下のような交換関係を満たす。 \[[\hat{l}_x,\hat{l}_y]=i\hbar\hat{l}_z,~[\hat{l}_z,\hat{l}_x]=i\hbar\hat{l}_y,~[\hat{l}_y,\hat{l}_z]=i\hbar\hat{l}_x\tag{1}\] 今回は角運動量演算子がたくさん出てきて、毎回\(\hbar\)を書くのはめんどくさいので、今回は\(\hbar=1\)として話をすすめる。必要なら\(\hbar\)を適当に掛けながら読み進めて欲しい。あと、ハットをつけるのもめんどくさかったから省略した。\(l\)が出てきたら全部演算子だと思って欲しい。

角運動量という量は、空間の回転に密接に関係した量であり、 波動関数\(\psi(\b{r})\)を\(\b{n}\)軸まわりに\(\theta\)だけ回転した波動関数\(\psi'(\b{r})\)は \[\psi'(\b{r}) = \exp\left(-i\theta\b{n}\cdot\b{l}\right)\psi(\b{r})\] と表される。(ただし\(\b{n}\)は単位ベクトル。) なぜこうなるかという説明はEMANさんのページが詳しいのでそちらを参照。

今回は、この回転という変換を波動関数の変換として解釈するのではなく、演算子の変換として解釈する方法を紹介する。ちょうどシュレディンガー描像とハイゼンベルク描像に対応する解釈の違いである。

どのようにするのかというと、\(\ket{\psi}\)という状態を回転させた状態 \[\ket{\psi'} = \exp\left(-i\theta\b{n}\cdot\b{l}\right)\ket{\psi}\tag{2}\] に対して、角運動量演算子の期待値を考えてやる。回転する前の状態における\(\alpha\)方向の角運動量の期待値は、 \[\langle l_\alpha\rangle = \bra{\psi}l_\alpha\ket{\psi}\tag{3}\] だが、一方で、回転した後の状態に対しては、 \[\langle l_\alpha\rangle = \bra{\psi'}l_\alpha\ket{\psi'} = \bra{\psi}\exp\left(i\theta\b{n}\cdot\b{l}\right)l_\alpha\exp\left(-i\theta\b{n}\cdot\b{l}\right)\ket{\psi}\tag{4}\] である。

(4)式の形をみると、確かに状態を回転させて変化させた、と読み取ることも出来る。しかし、この変換を、演算子に対する変換とみることもできるだろう。なぜなら \[l_\alpha\to\exp\left(i\theta\b{n}\cdot\b{l}\right)l_\alpha\exp\left(-i\theta\b{n}\cdot\b{l}\right)\tag{5}\] のような変換を行ったと考えても同じ結果を与えるからだ。そこで、今回はこの(5)式のような角運動量演算子の変換について計算してみたいと思う。

2.x方向の角運動量のz軸まわりの回転

さて、(5)のような一般的な形だと計算が大変そうだから、回転軸をz軸、回転によって変換される角運動量演算子を\(l_x\)としよう。

つまり、今からやるのは、 \[\exp\left(i\theta l_z\right)l_x\exp\left(-i\theta l_z\right)\] という計算である。

早速だが、前回導出・証明したアダマールの補題を使う。すると、 \begin{align} \exp\left(i\theta l_z\right)l_x\exp\left(-i\theta l_z\right) &= \sum_{n=0}^\infty \frac{(i\theta)^n}{n!} \underbrace{[l_z,[l_z,\cdots,[l_z}_n,l_x]\cdots]\\ &= \sum_{n=0}^\infty \frac{(i\theta)^n}{n!} \ad_{l_z}^n l_x \end{align} となる。\(\ad_{l_z}\)というのは前回導入した演算で、\(l_z\)と交換子をとるという意味だ。

さらに、角運動量の演算子には(1)のような交換関係があるので、使ってみよう。 \begin{align} \ad_{l_z}l_x &= [l_z,l_x] = il_y\\ \ad_{l_z}^2l_x &= [l_z,[l_z,l_x]] = i[l_z,l_y] = i (-il_x) = l_x \end{align} となる。なんと2回かけると\(l_x\)に戻ってしまった。このことから、\(\ad_{l_x}\)を奇数回かけると\(il_y\)になり、偶数回かけると\(l_x\)になることがわかる。そこで、さっきの和を偶数番目と奇数番目に分けてやろう。 \begin{align} \exp\left(i\theta l_z\right)l_x\exp\left(-i\theta l_z\right) &= \sum_{n=0}^\infty \frac{(i\theta)^n}{n!} \ad_{l_z}^n l_x\\ &= \sum_{n=0}^\infty \frac{(i\theta)^{2n}}{(2n)!} \ad_{l_z}^{2n} l_x+\sum_{n=0}^\infty \frac{(i\theta)^{2n+1}}{(2n+1)!} \ad_{l_z}^{2n+1} l_x\\ &= \sum_{n=0}^\infty \frac{(i\theta)^{2n}}{(2n)!} l_x+\sum_{n=0}^\infty \frac{(i\theta)^{2n+1}}{(2n+1)!} (il_y)\\ &=l_x\sum_{n=0}^\infty \frac{(i\theta)^{2n}}{(2n)!}+il_y\sum_{n=0}^\infty \frac{(i\theta)^{2n+1}}{(2n+1)!} \end{align} \(i^2 = -1\)を使ってやると、 \begin{align} \exp\left(i\theta l_z\right)l_x\exp\left(-i\theta l_z\right) &=l_x\sum_{n=0}^\infty (-1)^n\frac{\theta^{2n}}{(2n)!}-l_y\sum_{n=0}^\infty (-1)^n\frac{\theta^{2n+1}}{(2n+1)!}\\ &=l_x\left(1-\frac{\theta^2}{2!}+\frac{\theta^4}{4!}-\cdots\right)-l_y\left(\theta-\frac{\theta^3}{3!}+\frac{\theta^5}{5!}-\cdots\right) \end{align} シグマを書き下すとわかりやすいので書き下してみた。これは紛れもなくsin、cosのテイラー展開である。よって、 \[\exp\left(i\theta l_z\right)l_x\exp\left(-i\theta l_z\right) = l_x\cos\theta -l_y\sin\theta\tag{6}\] が言える。

(6)式をみると、もともとz方向を向いていた角運動量が、状態をx軸まわりに回転させたことに伴って、y方向成分も持つようになることがわかる。他の軸回りの回転をやってみてもいいが、ほとんど同じ計算をするだけだしやめておこう。