1.アダマールの補題とは
結構量子力学では役立つものなんだけど、あまり授業とかでは取り上げられることのない定理だ。この定理は、
\[e^A B e^{-A} = \sum_{n=0}^\infty \frac{1}{n!} \underbrace{[A,[A,\cdots,[A}_n,B]\cdots]\tag{1}\]
であることを主張する。Baker-Cambellの関係式と呼ばれることもあるみたい。
実はリー群やらリー代数やらに深ーく関連しているらしいが、あいにく僕はそこら辺のことにあんまり詳しくないので、とりあえず今回はこの定理を証明して、ちょっとした使い所を次回紹介することにしよう。
2.とりあえずほんとかどうか確かめてみる
(1)が成り立っているかどうか、適当に展開して確かめてみよう。
\begin{align}
e^A B e^{-A} &= \left(I+A+\frac{1}{2!}A^2+\frac{1}{3!}A^3+\cdots\right)B\left(I-A+\frac{1}{2!}A^2-\frac{1}{3!}A^3+\cdots\right)\\
&=\left(B+AB+\frac{1}{2!}A^2B+\frac{1}{3!}A^3B+\cdots\right)\left(I-A+\frac{1}{2!}A^2-\frac{1}{3!}A^3+\cdots\right)\\
&= B + (AB-BA) + \left(\frac{1}{2}A^2B-ABA+\frac{1}{2}BA^2\right) + \cdots\\
&= B + [A,B] + \frac{1}{2}[A,[A,B]] + \cdots
\end{align}
とりあえず2次の項までしかやらなかったが、たしかに成り立っているみたい。しかし、このまま展開する方法で証明するのは骨が折れそうだ。
3.証明
証明する前に、記号を導入しておこう。交換子がたくさん出てきて鬱陶しいので、\(A\)と交換子をとるという演算子\(\ad_A\)を導入する。(リー代数でadjointという意味らしいがよくわからない。とりあえず便利だから使うことにする。) 具体的にこの演算子の働きを書くと、
\[\ad_A B= [A,B]\tag{2}\]
である。これをつかって、n個の交換子をつなげたものを、べき乗の形で書くことにしよう。
\[\ad_A^n B = \underbrace{[A,[A,\cdots,[A}_n,B]\cdots]\tag{3}\]
また、普通の指数関数で0乗が1になるのと同じように、この演算子に関しても0乗は次のようになることにする。
\[\ad_A^0 B = B\tag{4}\]
さて、証明に移ろう。(1)式の形を踏まえると、\(A\)が十分小さいものと考えて、
\[e^A B e^{-A}\]
というののテイラー展開的なものを考えてやれば良さそうな気がする。しかし、このままでは行列指数関数のテイラー展開になってしまって、さっきの展開と同じことをすることになってしまう。
そこで、こういうときによく使う手だが、小さい実数\(x\)を導入して、
\[f(x) = e^{xA} B e^{-xA}\]
のような関数を考えて、これをテイラー展開する。n階微分が必要だから適当に微分してみよう。
\begin{align}
f'(x) &= \left(e^{xA}\right)'B e^{-xA}+e^{xA}B\left(e^{-xA}\right)'\\
&=e^{xA}AB e^{-xA} + e^{xA} B(-A) e^{-xA}\\
&=e^{xA}\left(AB -BA \right)e^{-xA}\\
&=e^{xA}[A,B]e^{-xA}\\\\
f''(x) &= \left(e^{xA}\right)'[A,B] e^{-xA}+e^{xA}[A,B]\left(e^{-xA}\right)'\\
&=e^{xA}A[A,B] e^{-xA} + e^{xA}[A,B](-A) e^{-xA}\\
&=e^{xA}\left(A[A,B] -[A,B]A \right)e^{-xA}\\
&=e^{xA}[A,[A,B]]e^{-xA}
\end{align}
2階まで計算すればもうパターンが見えてくる。3階微分・4階微分とやっていっても同じことになる。一般には
\[f^{(n)}(x) = e^{xA}\underbrace{[A,[A,\cdots,[A}_n,B]\cdots]e^{-xA}\]
となることが予想できるだろう。もし厳密に示したければ、数学的帰納法を使えばいい。さっき導入した演算子\(\ad_A\)を使えば、この式は、
\[f^{(n)}(x) = e^{xA}\left(\ad_A^n B\right)e^{-xA}\]
ということで、この\(f(x)\)という関数はx=0のまわりで次のように展開できる。
\begin{align}
f(x) &= I + [A,B]x + \frac{1}{2!}[A,[A,B]]x^2 + \cdots\\
&= \sum_{n=0}^\infty \frac{x^n}{n!}\ad_A^n B
\end{align}
さて、これでHadamardの補題の証明は終わりだ。あとはx=1とすれば、
\[f(x) = e^{xA} B e^{-xA}\]
だったことを思い出して、
\[e^{A} B e^{-A} = \sum_{n=0}^\infty \frac{1}{n!}\ad_A^n B\]
である。次回この式の使い所を1つ紹介しよう。