1.ド・ブロイ波
ハイゼンベルクが行列力学をまとめあげていたころ、
ド・ブロイ波
というものが提案された。
光がエネルギー的に飛び飛びになるというアインシュタインの光量子仮説に触発されて、もしかして今まで粒子だと考えられてきた電子も波なんじゃないか、とド・ブロイさんは考えたのだ。そしてその考えを使うと、ものの見事にボーアの量子条件が説明されてしまうことがわかった。すぐにできるから、やってみよう。
ボーアの量子条件とは、原子核の周りをぐるぐると回る電子の角運動量が
\[J=n\hbar\tag{1}\]
という飛び飛びの値をとるという条件だった。
ド・ブロイ波の波長と運動量の関係は、光の運動量を表す関係式
\[p=\frac{h}{\lambda}\tag{2}\]
をそのまま流用することにしよう。すると、角運動量は、軌道半径を\(r\)として、
\[J=rp=\frac{rh}{\lambda}\tag{3}\]
となる。一方で、電子を波として捉えるなら、下の図のように、軌道の周長は波長の整数倍になっているはずだ。
つまり、式で書くと
\[2\pi r=n\lambda\tag{4}\]
となる。(4)を(3)に代入すれば、
\[J=n\hbar\tag{5}\]
となり、いとも簡単にボーアの量子条件が説明できてしまった。
これを受けて、電子線によって固体の結晶構造を観測する実験が行われ、結果が
X線回折のものと同等なことが示された。もう電子が波の性質も持つということは疑いようがなかった。
(現在では電子線による固体の構造分析は非常によく行われている。例えばTransmission Electron Microscope(TEM)やReflection High Energy Electron Diffraction(RHEED)と呼ばれるのがそうだ。波長を加速電圧によって調節できるので使いやすい。100VくらいでX線相当の波長が得られるのに、ド・ブロイが提唱するまでだれも気づかなかったのはちょっと不思議。)
2.シュレディンガー方程式の導出
このド・ブロイ波を説明するための微分方程式がシュレディンガー方程式と呼ばれる方程式だ。せっかくなので作ってみよう。
出発点は、従来から知られている以下の波動方程式だ。
\[\frac{\partial^2 \phi}{\partial x^2}=\frac{1}{v^2}\frac{\partial^2 \phi}{\partial t^2}\tag{6}\]
\(v\)というのは波の位相速度である。でも、最初から\(t\)が入ってると大変だから、まずは単純な波\(e^{-i\omega t}\)の形の時間因子をもっている波を考えて、
\[\frac{\partial^2 \phi}{\partial x^2}=-\frac{\omega^2}{v^2}\phi\tag{7}\]
としてから考えよう。右辺の\(-\frac{\omega^2}{v^2}\)という係数は波数\(k\)を使うと
\[\frac{\partial^2 \phi}{\partial x^2}=-k^2\phi\tag{7}\]
ド・ブロイ波の波長・波数は、最初にみたように\(p=h/\lambda=\hbar k\)というふうに運動量と結びついていた。そこで、とりあえず波数をエネルギーによって書き直す。なぜそんなことをするのかというと、(7)式をドブロイ波について成り立つ式に書きなおす際に、
「粒子の言葉」である運動量が入らないようにするためだ。一般に、力学的なエネルギーはポテンシャルエネルギーを\(V\)とすると
\[E=\frac{p^2}{2m}+V\]
なので、pについて書くと
\[p=\sqrt{2m(E-V)}\tag{8}\]
となる。運動量を波数になおすのと、エネルギーを\(E=\hbar\omega\)とするのをやってやると、
\[k=\frac{1}{\hbar}\sqrt{2m(\hbar\omega-V)}\tag{9}\]
となる。これを(7)に代入して、
\begin{align}
\frac{\partial^2 \phi}{\partial x^2}&=-\left(\frac{1}{\hbar}\sqrt{2m(\hbar\omega-V)}\right)^2\phi \\
\hbar^2\frac{\partial^2 \phi}{\partial x^2}&=-2m(\hbar\omega-V)\phi \\
\frac{\hbar^2}{2m}\frac{\partial^2 \phi}{\partial x^2} - V\phi&=-\hbar\omega\phi \tag{10}
\end{align}
が
時間依存しないシュレディンガー方程式
と呼ばれるものだ。
3.時間依存するシュレディンガー方程式
さて、(10)のように単一の周波数で振動する解だけではなくて、時間によって様々に変化するドブロイ波も表現できる方程式がほしい。
しかし、普通の波動方程式(6)ではだめなのだ。(6)、(7)からスタートしておいて何を言うんだ、という感じだが、(7)は\(\omega\)の符号の反転しても方程式の形が変わらない(2乗になってるからね)のに、(10)は\(\omega\)を逆符号にすると方程式が変化してしまう。だから、もう(7)には戻れないのだ。
シュレディンガーは時間因子が\(e^{-i\omega t}\)のとき
\[\frac{\partial \phi}{\partial t}=-i\omega\phi\]
となることに着目したんだろう。ここから、(10)の右辺を
\[-\hbar\omega\phi=-i\hbar\frac{\partial \phi}{\partial t}\]
と書き換えられるから、
\[\frac{\hbar^2}{2m}\frac{\partial^2 \phi}{\partial x^2} - V\phi=-i\hbar\frac{\partial \phi}{\partial t}\]
が
時間依存するシュレディンガー方程式
である。
こんなふうに適当に作られた方程式だったが、実際に解いてみると不思議なくらいうまいこと実験を説明できてしまったのだ。
実験結果の説明だけなら別にハイゼンベルクの行列力学と変わらないが、シュレディンガー方程式は
解くのが簡単・しかも電子の波の形を思い浮かべられる
という点で明らかに行列力学に勝っていた。なんせ、行列力学というのは、古典論との「対応原理」だけを軸に作られた理論で、位置や運動量が行列で表されるという、物理的な描像もへったくれもない理論だったからだ。
しかも、今回導出したシュレディンガー方程式が実は行列力学と全く等価な理論だったことを示すことができるのだ。だからこそ、大学ではシュレディンガー方程式による波動力学を最初に教えてしまうのかもしれないな。
4.補足
時間因子を\(e^{i\omega t}\)でなくて\(e^{-i\omega t}\)としたのはなぜだろう。どちらでもいいはずなのに。
実は、理由はない。本当にどちらでもいいんだが、量子力学の人たちの慣例に従うと\(e^{-i\omega t}\)を使っているのでそうしただけだ。\(e^{i\omega t}\)を使うとするなら、色んな所の符号が大体の教科書と逆になってしまうものの、別にそういうふうに理論を組み立てるのは全く問題ない。