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量子力学の始まり・空洞輻射と光量子


1.空洞輻射の問題

電磁気学の方で導出したが、プランクは黒体輻射の実験的なスペクトルをうまく表せる式として、 \[u= \frac{8\pi h\nu^3}{c^3}\frac{1}{\exp\left(\frac{h\nu}{kT}\right)-1}\tag{1}\] という式を提唱した。黒体輻射のスペクトルは、それまでの理論では到底説明のつかないもので、プランクは実験値に合うように式をいじくり回して(1)という公式を得たのだった。だから、(1)式には物理的な描像が何もない。なにしろ、実験値に合うように(適当に)作った式だったのだから。

プランクは、(1)式に何とかして物理的な説明を与えようと頑張って考えた。しかし、それまで知られていたニュートン力学とマクスウェルの電磁気学では、どうしたって説明することができなかったのだ。そこでプランクは、わらにもすがる思いだったのかどうかは分からないが、ためしにボルツマンの創始した統計力学の言葉を借りてみることにした。まだまだ統計力学の市民権は認められていなかった時代である。それどころか、統計力学で中心的役割を果たすボルツマン定数\(k\)の値が初めて定量的に示されたのは、プランクがこの理論を提唱したときだったのだ。

そして、統計力学を使うことによって、いとも簡単に(1)が導出されてしまったのだ。今回は、その導出をやってみようと思う。

ちなみに、プランクの原論文も英語版で見つけたので、一応メモとして。 (1)の導出
統計力学による(1)の説明

2.電磁波のエネルギー

まず、統計力学では、等温の状態において、分配関数\(Z\)というのが中心的な役割を果たす。これは、 \[Z=\sum_i \exp\left[-\frac{\epsilon_i}{kT}\right]\tag{2}\] という量である。\(\epsilon_i\)というのは\(i\)番目の状態のエネルギーのことだ。そのエネルギー状態をとる確率\(P(\epsilon_i)\)はというと、 \[P(\epsilon_i)=\frac{\exp\left[-\frac{\epsilon_i}{kT}\right]}{Z}\tag{3}\] であり、また系がもつエネルギーの期待値は、(3)から、 \[E=-\frac{\partial }{\partial \beta}\log Z\tag{4}\] ただし\(\beta=1/kT\)である。わからなければ、分配関数からのエネルギーの導出のページをみてほしい。

プランクはエントロピーを求める方法からやっているが、僕は分配関数からやってみたいと思う。

さて、(1)のようなエネルギーを与える分配関数はどんな形をしているだろうか。ためしに(4)から分配関数を逆算してみよう。まず、電磁波の一つのモードに分配されるエネルギーを求めてみるのだが、箱の中では、状態密度という概念が存在していて、ある周波数\(\nu\)~\(\nu+d\nu\)をもつモードの数は、 \[N(\nu)d\nu=\frac{8\pi\nu^2}{c^3}d\nu\tag{5}\] で与えられるのだった。(1)は\(\nu\)~\(\nu+d\nu\)の間に存在する電磁波のエネルギーを表しているのだから、一つのモードあたりでは、(1)を(5)で割ればいい。つまり、一つのモードあたりに分配されるエネルギーは、 \[u_1=\frac{h\nu}{\exp\left(\frac{h\nu}{kT}\right)-1}\tag{6}\] である。このエネルギーから分配関数を計算するには、\(\beta=1/kT\)で積分すればいいだけだ。 \begin{align} \log Z &= -\int d\beta \frac{h\nu}{\exp\left(h\nu\beta\right)-1} \\ &= -\log\left[1-\exp\left(-h\nu\beta\right)\right] \\ Z&=\frac{1}{1-\exp\left(-h\nu\beta\right)}\tag{13} \end{align} と、こうなる。(積分定数はとりあえず無視してしまっているが、このときの積分定数は実は電磁波の零点エネルギーに対応している。もう少し勉強を進めれば、零点エネルギーを無視しないとき、分配関数は(13)とは少しだけ(積分定数分だけ)違う形になることが示される。)

(13)式をみると、どうもよくみる形である。等比級数の公式、 \[\sum_{n=0}^\infty r^n=\frac{1}{1-r}\tag{14}\] の右辺にそっくりだ。そこで、(13)を等比級数の形で表現してみると、 \[Z=\sum_{n=0}^\infty\exp\left[-\frac{nh\nu}{kT}\right]\tag{15}\] となる。(2)と見比べると、 \[\epsilon_n=nh\nu\tag{16}\] だろうということが類推される

これはどういう意味だろうか。今計算していたのは、箱の中の電磁波の一つのモードに対する分配関数だった。(16)は、つまるところ、一つのモードに対して分配されるエネルギーが\(h\nu\)の整数倍になっているということを表している。

これは今までの常識からすれば、考えられないことだった。どんなものでも、エネルギーは連続的に取りうるものだと考えられていたからだ。しかし、誰ひとりとして統計力学を使わずに、プランクの(1)式がなぜそんなに実験値とうまく合うのか、ということを説明することができなかったのだ。

また、プランクは自身の論文の中で、(1)が実験値とあるような\(h,k\)の値について、初めて定量的な値を示した。\(h\)は

プランク定数

と呼ばれているものであり、プランクが初めて示したのは誰もが知っているようなことだが、ボルツマン定数を定量的に示したのもプランクが初めてなのは意外と知られていないかもしれない。

なんにせよ、量子力学に近いものは(16)式から始まったのだが、アインシュタインが

光量子仮説

を唱えると、本格的に量子の不思議な世界が探求されていくことになった。