1.粒子数の変化する系
ここまでは系の内部に含まれる粒子数については全く無視していたが、今回は粒子数が変化するような状況を考えよう。
このページではちょっと普通とは違って、エントロピーについて考えながら説明してみようと思う。というのも、化学ポテンシャルというものが化学で使うために発展したきたためか、普通は等温・等圧の状況で使いやすいギブスエネルギーから導入されることが多いのだ。化学的な実験では、温度や圧力を制御することが多いからである。
さて、考える問題設定をしよう。
このページでは等温・等圧の系ではなく、
外部と孤立しているが粒子数が変化する系を考えて、その平衡条件を導出する。ここで孤立とは、外部から粒子が入ってくることも無ければ、エネルギーのやり取りもないような状況を指す。そんな状況で粒子数が変化するなんて、一見すると変なことのように思えるかもしれないが、系の内部で化学反応が起こっていればそんなことも可能である。
2.孤立系での平衡条件
統計力学のページでこんなことを言うのもあれなんだが、孤立系での平衡条件は統計力学によって調べることができない。できない、というと語弊があるかもしれないな。正しくは、未だかつて統計力学、つまりミクロな視点から出発して、系が平衡条件に達したときに満たすべき条件を導出することに成功した人はいない。
だからここでは熱力学に頼るしか無い。熱力学では、熱は必ず熱いところから冷たいところへと流れるという経験則に基づいた、
エントロピー増大の法則
を認め、ここからエントロピーの極大が平衡条件であると結論付ける。
よって、平衡状態では
\[dS=0\tag{1}\]
が成り立っている。統計力学では説明することのできない経験則だ。
ところで考えている系のエネルギーの変化\(dE\)は、熱力学第一法則から、粒子数が変化しない場合
\[dE= TdS - pdV\]
と表せるのだった。もし粒子数\(N\)が変化するときには、その変化によるエネルギー変化も取り入れないといけない。そこで、粒子数が変化する場合には以下のようになる。
\[dE= TdS - pdV + \sum_i\left(\frac{\partial E}{\partial N_i}\right)_{S,V,N_j}dN_i\]
ここで\(i\)というのは粒子の種類を表すラベルで、\(N_j\)という下添字は\(i\)以外の粒子の数を一定とした偏微分を指す。エントロピー変化に書き直すと、
\[dS = \frac{1}{T}dE+\frac{p}{T}dV-\frac{1}{T}\sum_i\left(\frac{\partial E}{\partial N_i}\right)_{S,V,N_j}dN_i\]
となる。孤立系ならば当然\(dE=0,dV=0\)なのだから、
\[dS = \frac{1}{T}\sum_i\left(\frac{\partial E}{\partial N_i}\right)_{S,V,N_j}dN_i\]
であり、平衡状態での条件(1)と照らし合わせて、
\[\sum_i\left(\frac{\partial E}{\partial N_i}\right)_{S,V,N_j}dN_i = 0\tag{2}\]
が得られる。これが粒子数に関する平衡条件になるわけだ。
これをもって、化学ポテンシャル\(\mu_i\)は
\[\mu_i=\left(\frac{\partial E}{\partial N_i}\right)_{S,V,N_j}\]
と定義される。まあこういうふうに定義すると平衡状態を議論するのに便利だからこういう記号を与えるだけだ。
とくに粒子が2種類しかない場合には、\(dN_1=-dN_2\)だから、
\[\mu_1=\mu_2\]
が平衡条件である。
3.分配関数
さて、粒子数が変化する場合には、分配関数も考え直さないといけない。でも、
ボルツマン因子を導出したときと全く同じようにできるからやってみよう。
すぐにでも計算していきたいが、その前に準備だ。化学ポテンシャルをエントロピーによって表しておく。
\[dS = \frac{1}{T}dE+\frac{p}{T}dV-\frac{1}{T}\sum_i\mu_idN_i\]
から、
\[-\frac{\mu_i}{T}=\left(\frac{\partial S}{\partial N_i}\right)_{E,V,N_j}\]
だ。これを使って、
ボルツマン因子を導出したときと全く同じようにすると、
\[\frac{P(\epsilon_1,\b{N}_1)}{P(\epsilon_2,\b{N}_2)}=\frac{\exp\left[\frac{\b{N}_2\cdot\b{\mu}-\epsilon_1}{kT}\right]}{\exp\left[\frac{\b{N}_2\cdot\b{\mu}-\epsilon_2}{kT}\right]}\tag{3}\]
が得られる。ここから分配関数は、
\[Z=\sum_\b{N}\sum_\epsilon\exp\left(\frac{\b{N}\cdot\b{\mu}-\epsilon}{kT}\right)\tag{4}\]
と定義される。このように粒子数も考慮した分配関数は、
大分配関数
と呼ばれるが、まあ事の本質は同じなので名前のことは気にしない、気にしない。