1.Blochの定理とは
Blochの定理とは、結晶が作る周期的なポテンシャル\(V(\b{r})\)の中に一つの電子をおいたとき、その波動関数が必ず
\[\psi_\b{k}(\b{r}+\b{R}_n)=e^{i\b{k}\cdot\b{R}_n}\psi_\b{k}(\b{r})\tag{1}\]
を満たすという定理である。(\(\b{R}_n\)は結晶の並進ベクトル。) もしくは、これと同値な
\[\psi_\b{k}(\b{r})=e^{i\b{k}\cdot\b{r}}u_\b{k}(\b{r}),~~~ u_\b{k}(\b{r}+\b{R}_n)=u_\b{k}(\b{r})\tag{2}\]
で書かれることも多いだろう。
Blochの定理の導出をする前に、Blochの定理が何を表しているのか考えよう。
まず最初に誰もが思うであろう疑問は、周期的なポテンシャル中に存在する電子なのにも関わらず、なんで波動関数が周期的にならないのか?ということだ。Blochの定理の形をみると、結晶の並進ベクトルだけ平行移動させた波動関数が、もとの波動関数と位相\(e^{i\b{k}\cdot\b{R}_n}\)分だけ異なっている。周期的なポテンシャルから出てくる波動関数が、
\[\psi(\b{r}+\b{R}_n)=\psi(\b{r})\]
という周期性を持つわけではなく、(1)のような形になるのはなぜなんだろうか?
この疑問に答えるには、量子力学における
位相というものの取り扱いについて、しっかりと理解しないといけない。量子力学的な状態は、シュレディンガー方程式
\[\hat{H}\psi(\b{r})=E\psi(\b{r})\]
の解である波動関数\(\psi\)で決められるものだ。この波動関数の「位相」はどうやって決まっていただろうか?頑張って思い出してみよう。
実は、量子力学では「一つの粒子の位相」は、状態を決めることに関係しないのだ。つまり、\(\psi\)という状態と位相\(\theta\)だけ異なる\(e^{i\theta}\psi\)という状態は、全く同じものであり、物理的に区別できるような性質のものでは無いということである。
ということを踏まえると、周期的なポテンシャル中の1電子波動関数が、
\[\psi_\b{k}(\b{r}+\b{R}_n)=e^{i\b{k}\cdot\b{R}_n}\psi_\b{k}(\b{r})\tag{1}\]
となることもそこまで不思議なことでは無い。この式は、しっかりと、結晶の並進ベクトル\(\b{R}_n\)に対して状態が周期的になっていることを表しているのだ。周期的なポテンシャル中では状態は周期的になるんだけども、位相については(1)式を満たすように決まらないといけないんですよ、ということを言っているのがBlochの定理である。
さて、説明が長くなってしまったが、ここからはBlochの定理の導出をしていこう。
2.Blochの定理の導出
シュレディンガー方程式
\[\left(-\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2 + V(\b{r})\right)\psi(\b{r}) = E\psi(\b{r})\tag{3}\]
におけるポテンシャル\(V(\b{r})\)が、結晶の並進ベクトル\(\b{R}_n\)に対して周期的であるとする。つまり
\[V(\b{r}+\b{R}_n) = V(\b{r})\]
が成り立っているということである。
周期的な構造を持っているのだから、その周期分だけ平行移動させたときに、どのように方程式が変化するのか考えて見ることは大事だろう。そこで、方程式の座標を全体的に\(\b{R}_n\)動かしてやろう。
\begin{align}
\left(-\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2 + V(\b{r}+\b{R}_n)\right)\psi(\b{r}+\b{R}_n)&= E\psi(\b{r}+\b{R}_n)\\
\left(-\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2 + V(\b{r})\right)\psi(\b{r}+\b{R}_n)&= E\psi(\b{r}+\b{R}_n)\\
\end{align}
さて、これだけだと少しわかりにくいから、ハミルトニアンはまとめて\(\hat{H}\)書くことにする。すると、次のようになる。
\begin{align}
\hat{H}(\b{r})\psi(\b{r}+\b{R}_n)&= E\psi(\b{r}+\b{R}_n) \tag{4}
\end{align}
さて、(4)式を見ると、平行移動させた波動関数が、またハミルトニアンの固有関数になっていることがわかる。しかもそのエネルギー固有値は\(E\)で、もとの波動関数と同じである。
縮退があるとややこしいので、まずは縮退がない時を考えよう。縮退が無いということは、あるエネルギー状態に対して、ある波動関数が(位相の任意性を除いて)一対一にきまっているということだ。ということは、(4)式から、\(\psi(\b{r})\)と\(\psi(\b{r}+\b{R}_n)\)の間には、位相の違いだけが存在しうるといえる。
位相の違いは並進ベクトルによって変わるだろうから、
\[\psi(\b{r}+\b{R}_n) = e^{i\theta(\b{R}_n)}\psi(\b{r})\tag{5}\]
と書くことにしよう。例えば基本並進ベクトル\(\b{a}_i\)について考えてみると、
\[\psi(\b{r}+\b{a}_i) = e^{i\theta_i}\psi(\b{r})\]
となる (\(\theta(\b{a}_i)=\theta_i\)とした)。 このことは何回も使えば、任意の整数\(n_i\)について、
\[\psi(\b{r}+n_i\b{a}_i) = e^{in_i\theta_i}\psi(\b{r})\]
であることがわかる。任意の並進ベクトルは基本並進ベクトルの組み合わせで書けるから、\(\b{R}=n_1\b{a}_1+n_2\b{a}_2+n_3\b{a}_3\)とすると、
\[\psi(\b{r}+\b{R}) = e^{i(n_1\theta_1+n_2\theta_2+n_3\theta_3)}\psi(\b{r})\tag{6}\]
であることがいえるはずだ。
実は、この(6)をもっとスマートに書き直すと(1)のBlochの定理になるのだ。それには、
逆格子ベクトル\(\b{b}_i\)を使う。逆格子ベクトルと基本並進ベクトルの関係
\[\b{a}_n\cdot\b{b}_m=2\pi\delta_{nm}\]
を思い出し、\(\b{k}=\frac{1}{2\pi}(\theta_1\b{b}_1+\theta_2\b{b}_2+\theta_3\b{b}_3)\)というベクトル\(\b{k}\)を定義してやると、(6)は
\[\psi(\b{r}+\b{R}) = e^{i\b{k}\cdot\b{R}}\psi(\b{r})\tag{7}\]
と書き直される。これで一般的な形に落ち着いた。縮退がある場合は最後に載せておこう。
補足だが、(7)における\(\b{k}\)は、波動関数を\(\b{R}\)だけ平行移動させる並進演算子\(\hat{T}_\b{R}\)の固有値の役割を果たしている。今回は\(\hat{T}_\b{R}\)というのを使わずにBlochの定理を導出したが、\(\hat{T}_\b{R}\)から導出するほうが一般的だろう。
\(\hat{T}_\b{R}\)はハミルトニアンが周期性を持つとき、ハミルトニアンと可換になる。したがって、ハミルトニアンと同時固有値・固有関数を持つことができる。そのときの固有値が\(e^{i\b{k}\cdot\b{R}}\)であり、固有関数が(7)の\(\psi\)なのだ。そういう意味で、(7)の\(psi\)は、\(\psi_\b{k}\)と書くべきだろう。\(\psi_\b{k}\)と書くことで、その状態がハミルトニアンに対してエネルギーEの固有値を持ち、並進演算子の固有値が\(e^{i\b{k}\cdot\b{R}}\)となっていることを明示的に示せるからだ。もしかしたら並進演算子側では縮退が起きているかもしれないのだから。
3.同値な式
(7)と
\[\psi_\b{k}(\b{r})=e^{i\b{k}\cdot\b{r}}u_\b{k}(\b{r}),~~~ (ただしu_\b{k}はu_\b{k}(\b{r}+\b{R}_n)=u_\b{k}(\b{r})を満たす)\tag{8}\]
同じことである。それも示しておこう。
天下り的だが、(7)を満たす\(\psi\)に対して
\[u_\b{k}(\b{r}) = e^{-i\b{k}\cdot\b{r}}\psi_\b{k}(\b{r})\]
と定義すると、この\(u\)は
\begin{align}
u_\b{k}(\b{r}+\b{R}) &= e^{-i\b{k}\cdot(\b{r}+\b{R})}\psi_\b{k}(\b{r}+\b{R})\\
u_\b{k}(\b{r}+\b{R}) &= e^{-i\b{k}\cdot\b{r}}\psi_\b{k}(\b{r})\\
u_\b{k}(\b{r}+\b{R}) &= u_\b{k}(\b{r})\\
\end{align}
となって、並進ベクトルに対して周期的である。したがって、任意の\(\psi_\b{k}\)に対して、
\[\psi_\b{k}(\b{r}) = e^{-i\b{k}\cdot\b{r}}u_\b{k}(\b{r})\tag{9}\]
となるような周期関数\(u_\b{k}\)が存在することが言えるのだ。
縮退のある場合
縮退のある場合について最後に少しだけ。
例えば\(\ket{\psi_1},\ket{\psi_2}\)が縮退していたとしよう。このときもさっきと同じ議論から、\(\hat{T}_\b{R}\ket{\psi_i}\)がハミルトニアンの同じ固有値に属す固有関数であることは言える。そして同じ固有値に属すのだから、
\[\left\{\begin{align}
\hat{T}_\b{R}\ket{\psi_1} &= c_{11}\ket{\psi_1} +c_{12}\ket{\psi_2}\\
\hat{T}_\b{R}\ket{\psi_2} &= c_{21}\ket{\psi_1} +c_{22}\ket{\psi_2}
\end{align}\right.\]
が成り立っているはずだ。規格化条件から、必ず\(\bra{\psi_i}\hat{T}_\b{R}^\dagger\hat{T}_\b{R}\ket{\psi_i}=1\)なので、
\[\left\{\begin{align}
1&= |c_{11}|^2 +|c_{12}|^2\\
1&= |c_{21}|^2 +|c_{22}|^2
\end{align}\right.\]
とできる。したがって、行列
\[C=\left(\begin{array}{cc}c_{11}&c_{12}\\c_{21}&c_{22}\end{array}\right)\]
はユニタリである。よってこの行列は対角化可能であり、つまりうまいこと\(\ket{\psi_1},\ket{\psi_2}\)を再構成して
\[\ket{\psi_1'}=a\ket{\psi_1}+b\ket{\psi_2},~~~\ket{\psi_2'}=c\ket{\psi_1}+d\ket{\psi_2}\]
とすれば
\[\hat{T}_\b{R}\ket{\psi_1'} = A\ket{\psi_1'}\]
という形にもっていける。あとは縮退の無いときと同じことだ。