1. 時間発展演算子
前回、時間に依存しないハミルトニアン\(H_0\)と、それに比べて十分小さな時間に依存する摂動ハミルトニアン\(H_1(t)\)をあわせた系において、状態\(\ket{\psi(t)}\)の時間発展がどのように近似できるかを調べた。
今回はこれをさらに押し進め、もう少し一般的に、「時間発展演算子」なるものについての摂動論を展開してみよう。
シュレディンガー方程式
\[i\hbar\frac{d}{dt}\ket{\psi(t)} = (H_0 + \lambda H_1(t)) \ket{\psi(t)}\tag{1}\]
はこれまで、状態\(\ket{\psi(t)}\)に関する方程式であると考えていた。しかしながら、初期状態\(\ket{\psi(0)}\)を、ある時刻\(t\)での状態\(\ket{\psi(t)}\)に写す演算子\(U(t)\)というものを考えてみると、
\[\ket{\psi(t)} = U(t)\ket{\psi(0)}\tag{2}\]
なので、
\[i\hbar\frac{d}{dt}U(t)\ket{\psi(0)} = (H_0 + \lambda H_1(t)) U(t)\ket{\psi(0)}\tag{3}\]
という\(U(t)\)に関する微分方程式が得られる。この\(U(t)\)のことを
時間発展演算子
と呼ぶ。両辺が任意の初期状態\(\ket{\psi(0)}\)について等しくなるなら、
\[i\hbar\frac{d}{dt}U(t) = (H_0 + \lambda H_1(t)) U(t)\tag{4}\]
でなければならないだろう。(1)の状態に関するシュレディンガー方程式とは見た目が違うが、この(4)もれっきとしたシュレディンガー方程式である。
なぜこんな書き換えをするのだろうか?(1)式では状態、つまりベクトルに関する微分方程式であるのに対し、(4)は演算子、つまり行列に関する微分方程式である。こんな書き換えをしても、考えなくてはならない成分が増えて方程式が複雑になるだけじゃないか、というのはごもっともだ。しかし実は、\(U(t)\)を使った定式化には、「初期状態\(\ket{\psi(0)}\)を気にせずに議論できる」という大きな利点があるのだ。
どういうことか説明しよう。前回\(\ket{\psi(t)}\)を考えた摂動論の場合には、初期状態\(\ket{\psi(0)}\)を\(H_0\)の固有ベクトル\(\ket{n}\)によって展開し、
\[\ket{\psi(0)} = \sum_n c_n(0)\ket{n}\]
としなければ議論を進めることができなかった。しかし、\(U(t)\)の初期条件を考えてみると、時刻\(t=0\)では必ず初期状態を変化させない演算子
\[U(0)\ket{\psi(0)} = \ket{\psi(0)}\]
となっていなければならない。任意の\(\ket{\psi(0)}\)についてこれが成り立つということは、\(U(0)\)は恒等演算子 (単位行列) \(I\)だ。つまり、どんな系を考えるときでも、
\[U(0) = I\tag{5}\]
が初期条件である。\(\ket{\psi(0)}\)を与えるよりも、明らかに簡単化されていることがわかるだろう。これが時間発展演算子による取り扱いの利点だ。
2. 摂動展開
今回も例に漏れず、\(U(t)\)を次のように摂動の大きさ\(\lambda\)についてべき展開してやろう。
\[U(t) = U^{(0)}(t) + \lambda U^{(1)}(t) + \lambda^2 U^{(2)}(t) + \cdots\tag{6}\]
これを(4)式に代入し、\(\lambda\)の次数ごとに等式を作ると、前回と全く同じような式が得られる。
\begin{align}
i\hbar\frac{d}{dt}U^{(0)}(t) &= H_0U^{(0)}(t)\\
i\hbar\frac{d}{dt}U^{(1)}(t) &= H_1(t)U^{(0)}(t) + H_0U^{(1)}(t) \\
i\hbar\frac{d}{dt}U^{(2)}(t) &= H_1(t)U^{(1)}(t) + H_0U^{(2)}(t)\\
\cdots
\end{align}
初期条件は\(U^{(0)}(t)\)に押し付けることにして、\(U^{(0)}(0) = I\)、 それ以外の\(U^{(k)}(t)\)については、\(U^{(k)}(0) = 0\)とする。
上から順々に解いていこう。ただし、ここからは\(\hbar\)があると式が見にくくなるので、わかりやすさ向上のために、\(\frac{H}{\hbar}\)を改めて\(H\)と書くことにする。(このとき\(H\)の単位は角周波数 rad/s となる。)
3. 0次摂動
0次の式は
\[\frac{d}{dt}U^{(0)}(t) = -iH_0U^{(0)}(t)\]
だ。これは簡単で、通常の微分方程式とのアナロジーから、
\[U^{(0)}(t) = e^{-iH_0t}\tag{6}\]
となる。これが解であることは微分すればすぐに確かめることができるだろう。
4. 1次摂動
次は1次の式を解こう。
\begin{align}
\frac{d}{dt}U^{(1)}(t) &= -i \left(H_1(t)U^{(0)}(t) + H_0U^{(1)}(t)\right) \\
\frac{d}{dt}U^{(1)}(t) &= -i\left(H_1(t)e^{-iH_0t} + H_0U^{(1)}(t)\right) \\
\frac{d}{dt}U^{(1)}(t) + iH_0U^{(1)}(t) &= -i H_1(t)e^{-iH_0t}\\
e^{-iH_0t}\frac{d}{dt}\left[e^{iH_0t}U^{(1)}(t)\right] &= -i H_1(t)e^{-iH_0t}\\
\frac{d}{dt}\left[e^{iH_0t}U^{(1)}(t)\right] &= -ie^{iH_0t}H_1(t)e^{-iH_0t}\\
e^{iH_0t}U^{(1)}(t) &= -i\int_0^t e^{iH_0\tau}H_1(\tau)e^{-iH_0\tau}d\tau\\
U^{(1)}(t) &= -ie^{-iH_0t}\int_0^t e^{iH_0\tau}H_1(\tau)e^{-iH_0\tau}d\tau\tag{7}\\
\end{align}
これで解けた。前回の\(\ket{\psi(t)}\)に関する摂動論と見比べてみよう。
\[c_j^{(1)}(t) = -ie^{-i\omega_j t}\sum_k c_k^{(0)}(0) \int_0^t e^{-i(\omega_k-\omega_j) \tau}\bra{j}H_1(\tau)\ket{k} d\tau \tag{8}\]
\(\omega_j\)は\(H_0\)の固有値で、\(c_j(0)\)は初期状態を\(\ket{\psi(0)}=\sum_k c_k(0)\ket{k}\)と\(H_0\)の固有ベクトル\(\ket{j}\)によって展開したときの展開係数である。(7)と(8)を見比べれば、\(\ket{\psi(t)}\)について摂動論を展開するよりも、時間発展演算子\(U(t)\)についての摂動論を展開したほうが、とてもスッキリとした式を導けることがわかるだろう。
さらに当然のことだが、これらの式は等価である。例えば、(7)の時間発展演算子を\(\ket{\psi(0)}=\sum_k c_k(0)\ket{k}\)にかけてやれば、
\begin{align}
U(t)\ket{\psi(0)} &= -ie^{-iH_0t}\int_0^t e^{iH_0\tau}H_1(\tau)e^{-iH_0\tau}d\tau\sum_k c_k(0)\ket{k}\\
\ket{\psi(t)} &= -i\sum_k c_k(0)e^{-iH_0t}\int_0^t e^{iH_0\tau}H_1(\tau)\ket{k}e^{-i\omega_k\tau}d\tau
\end{align}
さらに両辺に\(\bra{j}\)をかければ、
\begin{align}
\braket{j}{\psi(t)} &= -i\sum_k c_k(0)e^{-i\omega_j t}\int_0^t e^{i\omega_j\tau}\bra{j}H_1(\tau)\ket{k}e^{-i\omega_k\tau}d\tau
\end{align}
となる。これは(8)式そのものだ。全く逆の過程をたどれば、逆も示せる。
どちらも等価なので、時々に合わせて使いたいほうを使えば良い。例えば前回のように、1次摂動、2次摂動...の物理的意味を考えたいときは、\(\ket{\psi(t)}\)に関する摂動論を使えばいいし、時間発展の特徴を知りたいときには、\(U(t)\)の摂動論を使えばよいわけだ。
5. 2次摂動
次は2次の式を解こう。
\begin{align}
\frac{d}{dt}U^{(2)}(t) &= -i \left(H_1(t)U^{(1)}(t) + H_0U^{(2)}(t)\right) \\
\frac{d}{dt}U^{(2)}(t) + iH_0U^{(2)}(t) &= -i H_1(t)U^{(1)}(t)\\
e^{-iH_0t}\frac{d}{dt}\left[e^{iH_0t}U^{(2)}(t)\right] &= -i H_1(t)U^{(1)}(t)\\
\frac{d}{dt}\left[e^{iH_0t}U^{(2)}(t)\right] &= -ie^{iH_0t}H_1(t)U^{(1)}(t)\\
e^{iH_0t}U^{(2)}(t) &= -i\int_0^t e^{iH_0\tau}H_1(\tau)U^{(1)}(\tau)d\tau\\
U^{(2)}(t) &= -e^{-iH_0t}\int_0^t d\tau\int_0^\tau d\tau' e^{iH_0\tau}H_1(\tau)e^{-iH_0(\tau-\tau')}H_1(\tau')e^{-iH_0\tau'} \tag{9}\\
\end{align}
これで2次摂動も得られた。
6. まとめ
3次摂動以降は読んでいる人自身に任せることにして、ここまでの結果を列挙しておこう。
\begin{align}
U^{(0)}(t) &= e^{-iH_0t}\\
U^{(1)}(t) &= -ie^{-iH_0t}\int_0^t e^{iH_0\tau}H_1(\tau)e^{-iH_0\tau}d\tau\\
U^{(2)}(t) &= -e^{-iH_0t}\int_0^t d\tau\int_0^\tau d\tau' e^{iH_0\tau}H_1(\tau)e^{-iH_0(\tau-\tau')}H_1(\tau')e^{-iH_0\tau'}
\\
\cdots
\end{align}
今回はこれくらいにしておいて、次回からはもっと使いやすい相互作用座標系における摂動論を書いてみようと思う。