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交換関係の発見とハイゼンベルクの行列力学

ハイゼンベルクの原論文
W. Heisenberg, "Über quantentheoretische Umdeutung kinematischer und mechanischer Beziehungen," Z. Phys. 33, 879–893 (1925).


1.古典力学との対応原理

前々回(原子の構造・水素原子スペクトルとボーアの原子模型)で出てきたように、少なくとも原子の電子は、十分高いエネルギーを持つとき、そのエネルギーはほとんど連続的であるとみなすことができた。つまり、このような領域では、量子力学と古典力学の対応がついているわけである。ボーアはこの

対応原理

からリュドベリー定数を他の定数から計算することができたのだった。

しかし、エネルギーの低い範囲に目を移すとエネルギーは離散的な値をとり、こういう状況においては前回のボーア・ゾンマーフェルトの量子条件が必要となる。この方法では、古典力学に対して角運動量が離散的な値\(n\hbar\)を持つという制限条件を付け加えてやることによって、原子のスペクトルが説明された。

ハイゼンベルクはこの対応原理をさらに推し進め、スペクトルの強度も求めようとした。

ここからは、原子内の電子のように、あるポテンシャルの中に閉じ込められているような電子を考えていく。こういう電子は古典的には周期運動するから、位置\(x(t)\)や運動量\(p(t)\)は次のようにフーリエ展開できるはずだ。 \begin{align} x(t)&=\sum_n X_n e^{in\omega t} \\ p(t)&=\sum_n P_n e^{in\omega t} \tag{1} \end{align} 基準角振動数を\(\omega\)として、その整数倍の振動を足し合わせるのだ。この式を使えば、どんな周期運動でも表すことができる。具体的な運動を計算するには、ニュートンの運動方程式\(F(x)=m\ddot{x}(t)\)にでも入れて適当に計算し、\(\omega\)と\(X_n,P_n\)を求めるだけだ。さらに、このとき放出される振動数\(n\omega\)の電磁波の振幅は\(X_n\)に比例すると考えられるから、そのエネルギーは\(|X_n|^2\)に比例する。(電磁気学を使えば厳密な式を導けるはずだが面倒くさいのでやらない。)

さて、前々回(原子の構造・水素原子スペクトルとボーアの原子模型)でみたように、電子がエネルギーの十分高い軌道\(m,n\)の間で遷移した時、放たれる光の振動数は近似的に \[\omega_{mn}=\omega(m-n)\tag{2}\] という形で表すことができた。\(\omega=4\pi cR/m^3\)である。(一般の場合についても成立するのだが、それは補足のページ参照。) これを古典論によって解釈するなら、電子が基本振動数\(\omega\)で周期運動していると考えられる。つまり、少なくともエネルギーの高い範囲では、\(\omega_{mn}\approx\omega(m-n)\)と考えられて、 \begin{align} x(t)&=\sum_n X_{mn} e^{i\omega_{mn} t} \\ p(t)&=\sum_n P_{mn} e^{i\omega_{mn} t} \tag{3} \end{align} のように書いても問題無いはずである。あとは古典論と同じように\(F(x)=m\ddot{x}(t)\)を使って\(\omega_{mn},X_{mn},P_{mn}\)を求めればスペクトルとその強度\(|X_{mn}|^2\)が計算できるはずだ。

ここまでは納得してもらえただろうか。と言っといてなんだが、実は納得してはいけないポイントがある。(2)式によってなんとなく古典論と対応付けてしまったが、量子の世界と古典力学では、そもそも光を出す仕組みが全く違うのだ。量子の世界では、電子が軌道間を遷移することによって光を出すということだった。一方で、古典論では電子が加速度運動するから光が放出されるのだ。したがって、古典論では確かに光の振動数と電子の角速度を対応付けることができるが、量子の世界ではそれができるとは限らないだろう。

ここからが本格的な量子力学のスタートだ。(3)式の\(x(t)\)や\(p(t)\)は、遷移にするときに放出される光の振動数をもとに書かれた形である。でも、本来遷移と軌道運動とは全く違うことだから、対応付けるのはおかしいはずなのだ。でも、そういうふうに対応付けるとうまいことリュドベリーの式が説明できてしまう。この\(x(t)\)や\(p(t)\)というのはなんなのだろうか。本当に位置や運動量を表している量なのだろうか。

さらにこのあとハイゼンベルクは(3)がエネルギーの小さいところでも成り立っていると考えて計算する。そんなことをすれば\(\omega_{mn}\)はもはや整数倍の角振動数でなくなってしまい、つまり(3)は周期運動を表しているのかどうかも疑わしいものに成り下がってしまうのだが、ハイゼンベルクは強行突破した。

2.量子力学の掛け算

ハイゼンベルクは、正体のよくわからない(3)式の\(x(t)\)や\(p(t)\)を、えいっ、と運動方程式に入れてしまった。そのやり方を追ってみよう。

まず、力\(F(x)\)というのはいろいろな形が考えられるから、計算するためには少なくとも\(x^2\)や\(x^3\)が必要だろう。だからまずは\(x^2\)がどうなるべきか考えよう。こんなことを考えるのは、\(x(t)\)の性質が全くもってわかっていないから。なんせ普通のフーリエ展開のように整数倍の波の組み合わせでできていないのだ。

この掛け算についても古典論との対応によって考えてみよう。古典論のフーリエ展開(1)の2乗は \[y(t)=x(t)^2=\sum_a\sum_b X_a X_b e^{i(a+b)\omega t}\tag{4}\] となる。今後の式展開のために添え字は\(a,b\)を使った。

ここで(3)式を導いたときに使った古典論との対応付け、\(\omega_{mn}\approx\omega(m-n)\)をもう一度使えるようにしたい。そこで\(a+b=m-n\)となるような周波数成分だけを取り出してみよう。つまり、\(a=m-n-b\)となるような成分だけを取り出すのだ。そのような成分を\(Y_{m-n}e^{i(m-n)\omega t}\)とすると \[Y_{m-n}e^{i\omega(m-n)t} = \sum_b X_{m-n-b} X_b e^{i(m-n)\omega t}\tag{5}\] となる。(4)から(5)は少し難しいかも知れないが、ちょっと考えてみるとわかると思う。具体的にシグマを書き下してみるのもいいかもしれない。

(5)は最初の\(m-n-b\)の部分が少し汚いのでもう少しきれいにしてやろう。シグマはすべての整数\(b\)に渡ってかかっているから、\(k=n+b\)として\(k\)の和をとってもいいはずだ。よって、 \[Y_{m-n}e^{i\omega(m-n)t} = \sum_k X_{m-k} X_{k-n} e^{i(m-n)\omega t}\tag{6}\] となり、もう少し対応がつかみやすい形にすると、 \[Y_{m-n}e^{i\omega(m-n)t} = \sum_k X_{m-k} e^{i(m-k)\omega t} X_{k-n} e^{i(k-n)\omega t}\tag{7}\] とできる。

さて、こういう式の形が出てくるということは、量子力学の位置(のようなもの)\(x(t)\)の2乗\(y(t) = x(t)^2\)のある振動数成分\(Y_{mn}e^{i\omega_{mn}t}\)は \[Y_{mn}e^{i\omega_{mn}t} = \sum_k X_{mk} e^{i\omega_{mk} t} X_{kn} e^{i\omega_{kn} t} \tag{8}\] のように書かれるべきだろう。こうすると、右辺の振動数と左辺の振動数の間に\(\omega_{mn}=\omega_{mk}+\omega_{kn}\)という関係が成り立っていることがわかるが、この振動数関係は、ボーアモデルのエネルギー準位間の遷移に対応していて、\(\Delta E_{mn}=\Delta E_{mk}+\Delta E_{kn}\)ということを表している。これもここまでの対応原理を正当化する一つの証拠であると僕は思っている。

ここまでくると掛け算のルールも普通の古典力学とはぜんぜん違うものになってしまって、本格的に\(x(t)\)の正体がわからなくなってしまった。でもわからないからと言って止まってはいられない。きっと\(|X_{mn}|^2\)はスペクトルの強度を表すはずなのだ。

3.量子条件

さて、次はフーリエ級数の形に量子条件を書き換えよう。まずボーア・ゾンマーフェルトの量子条件は、 \[\oint pdx = nh\tag{9}\] である。これは、\(dx=\dot{x}dt\)なので、 \[\oint p\dot{x}dt = nh\tag{10}\] とも書ける。ここにまずは古典論のフーリエ展開(2)式を代入してみよう。 \begin{align} \oint\sum_a (ia\omega) X_a e^{ina\omega t} \sum_b P_b e^{ib\omega t}dt &= nh \\ \sum_a\sum_b(ia\omega) X_aP_b\oint e^{i(a+b)\omega t}dt &= nh \end{align} 一周期の積分は、被積分関数の周期が\(2\pi/\omega\)だから次のようにすればいい。 \begin{align} \oint e^{i(a+b)\omega t}dt &= \int_0^{2\pi/\omega}e^{i(a+b)\omega t}dt\\ &=\left\{\begin{array}{cc} 2\pi/\omega&(a+b=0)\\ 0&(a+b\neq 0)\\ \end{array}\right. \end{align} つまり量子条件は、フーリエの形にすると、 \[2\pi i\sum_a a X_aP_{-a} = nh\tag{11}\] となる。また、\(p\)は重ね合わせたときに実数でないといけないから、\(P_{-a}=P_a^*\)(*は複素共役)であり、 \[2\pi i\sum_a a X_aP_a^* = nh\tag{12}\] である。さらに、\(X_a\)や、\(P_a\)というのは、量子数\(n\)の関数だと考えられる。古典の話をしていたはずなのになぜここで量子数?と思うかもしれないが、ここで古典力学と呼んでいるのは従来のニュートン力学+量子条件(9)の形の理論のことだ。このニュートン力学+量子条件(9)の理論の形から、推論によってさらに上の階層にある理論を見つけ出そう、というのが今やろうとしていることである。

ともかく、ニュートン力学+量子条件(9)の理論からは、\(X_a\)や、\(P_a\)というのは、量子数\(n\)の関数である。したがって、そのことをわかりやすく \[2\pi i\sum_a a X_a(n)P_a^*(n) = nh\tag{13}\] とでも書いてやろう。

(13)まではいいのだが、ハイゼンベルクはこの(13)式の両辺を\(n\)で微分する、という突拍子もないことをし始める。

というのも、\(n\)というのが整数でないといけない、という必然性がないという理由かららしい。上に述べた対応原理\(\omega_{mn}\approx\omega(m-n)\)から、量子力学における振動数\(\omega_{mn}\)が離散的な値をとるのは、古典的周期運動に含まれる振動数が基本振動の整数倍だけである、というところから現れることだ。(とハイゼンベルクは考えたのかもしれない。)

微分すると、右辺から上のような\(n\)という量を取り除くことができるのだ。それで実際に\(n\)で微分してみると、 \begin{align} \sum_a a\frac{\partial }{\partial n}\left(X_a(n)P_a^*(n)\right)&=\frac{h}{2\pi i}\tag{14} \end{align} となる。さて、ここから量子論へ移行していこう。 [補足のページ]の最後に書いたが、こういう微分は量子の世界では、次のように差分に対応している。 \[k\frac{\partial g_{n+k,n}}{\partial n}\Longleftrightarrow g_{n+k,n}-g_{n,n-k}\tag{15}\] (14)の\(X_a(n)\)というのがなんだったか思い出すと、古典論での第a高調波の振幅で、nが大きいときを考えて量子論に対応させたときはn+aからnの軌道へ遷移した成分に対応する振幅に対応するはずなのだ。つまり量子論風に書くと \[X_a(n)\Longleftrightarrow X_{n+a,n}\] のようなことになる。\(P_a(n)\)も全く同じだ。つまり(14)は量子論風に書いてしまうと \begin{align} \sum_a \left(X_{n+a,n}P^*_{n+a,n} - X_{n,n-a}P^*_{n,n-a}\right) = \frac{h}{2\pi i}\tag{16} \end{align} である。ここで、別にやらなくてもいいんだけど、量子の世界で成り立つ関係 \[P^*_{n+a,n}=P_{n,n+a}\] を使うと(フーリエ展開で足し合わせると実数にならないといけないというところからくる関係だ。)、 \[\sum_a \left(P_{n,n+a}X_{n+a,n} - X_{n,n-a}P_{n-a,n}\right) = \frac{h}{2\pi i}\tag{17}\] となる。これがかの有名な位置・運動量に対する交換関係 \[\hat{p}\hat{x}-\hat{x}\hat{p}=\frac{h}{2\pi i}\] のもととなる。すでに行列を使えばかなりきれいにまとまりそうな 式になってきた。(17)式を導出したところできりが良いので続きは次回に回そう。次は(17)をもとに行列力学を組み立てていく。