1.ベクトルポテンシャルの任意性
実は、前回までに導入したベクトルポテンシャル・スカラーポテンシャルは、ある一つの値に定まるわけではなくて、少しの任意性を持っている。
これは、力学的なポテンシャルエネルギーが、エネルギーのゼロ点をどこにとるかで変化するのと同じようなことだ。
力学的ポテンシャルエネルギーUのゼロ点を変えるというのは、
\[U'=U+U_0\]
の形に定数\(U_0\)を使って、新しいU'を定義するということだ。しかしそもそもどうしてこんなことを行っても良かったのだろうか?
これを行っても良い理由は、ポテンシャルエネルギーと力Fが
\[F=\frac{dU}{dx}\]
というふうに結ばれていたからだ。こういう関係があるから、(実際はポテンシャルエネルギーをこういうふうに定義したから、)
\[F=\frac{dU'}{dx}=\frac{dU}{dx}\]
となって、ポテンシャルエネルギーを変化させたにもかかわらず、力Fは変化しない。つまり、この場合は、定数が微分演算によってゼロになって消えてしまうということを使っているわけだ。
ということで、ベクトルポテンシャルの任意性がどんな感じになるか考えてみよう。ベクトルポテンシャル\(\b{A}\)と磁場\(\b{B}\)は、
\[\b{B}=\rot A\tag{1}\]
という関係式によって結ばれていた。だから、力学的ポテンシャルエネルギーのときと同じように考えれば、\(\rot\b{C}=0\)となるような適当なベクトル\(\b{C}\)を使って、新しいベクトルポテンシャル\(\b{A}'\)を
\[\b{A}'=\b{A}+\b{C}\tag{2}\]
のようにすれば、磁場\(\b{B}\)自体は変化しない。
ここで、前々回(
マクスウェル方程式の性質とポテンシャル)でも用いたrotに関する定理を使う。\(\rot\b{C}=0\)となるようなベクトル\(\b{C}\)は必ず、あるスカラー関数\(\chi\)をつかって、
\[\b{C}=\grad\chi\]
とかけるという定理だ。これを使うと、ベクトルポテンシャルには、
\[\b{A}'=\b{A}+\grad\chi \tag{3}\]
という任意性があることがわかる。これまでの話からわかるように、もちろん\(\chi\)は任意のスカラー値関数である。こういうふうに見てくると、ベクトルポテンシャルというものは、力学的なポテンシャルエネルギーよりも断然大きい任意性を持っていることがわかるだろう。
2.スカラーポテンシャルの任意性
これまで、変換後に磁場が変化しない、という条件だけでベクトルポテンシャルの任意性の話をしてきたが、実際には電場も変化してはいけない。電場は、
\[\b{E} = -\frac{\partial \b{A}}{\partial t}-\grad\phi \tag{4}\]
と表されていたことを思い出す。
もし、ベクトルポテンシャルを(3)のように変換したとすれば、変換後の電場\(\b{E}'\)は
\begin{align}
\b{E}' &= -\frac{\partial \b{A}'}{\partial t}-\grad\phi \\
&= -\frac{\partial}{\partial t}\left(\b{A}+\grad\chi\right)-\grad\phi \\
&= -\frac{\partial \b{A}}{\partial t} -\grad\left(\phi+\frac{\partial\chi}{\partial t}\right)
\end{align}
のようになって、明らかに全く異なる電場になってしまう。しかし、幸いなことに、うまいことgradでまとめられることに気づく。
そこで、もし、ベクトルポテンシャルが(3)の変換を受けるのと同時に、新しいスカラーポテンシャル\(\phi'\)が、
\[\phi'=\phi-\frac{\partial\chi}{\partial t} \tag{5}\]
というふうになるとすれば、
\begin{align}
\b{E}' &= -\frac{\partial \b{A}'}{\partial t}-\grad\phi' \\
&= -\frac{\partial}{\partial t}\left(\b{A}+\grad\chi\right)-\grad\left(\phi-\frac{\partial\chi}{\partial t}\right) \\
&= -\frac{\partial \b{A}}{\partial t} -\grad\phi = \b{E}
\end{align}
となって、電場も変化しないようになる!
3.ゲージ変換
まとめていく。任意のスカラー値関数\(\chi\)を用いて、
\begin{align}
\b{A}'&=\b{A}+\grad\chi \tag{3} \\
\phi'&=\phi-\frac{\partial\chi}{\partial t} \tag{5}
\end{align}
というように新しいベクトルポテンシャルとスカラーポテンシャルを定義しても、磁場・電場はあいかわらず
\begin{align}
\b{B}&=\rot\b{A}' \tag{2}\\
\b{E} &= -\frac{\partial \b{A}'}{\partial t}-\grad\phi' \tag{4}
\end{align}
というふうに計算することができる。
そこで、(3),(5)式で表されるこの変換のことを、
ゲージ変換
と呼ぶ。こんなたいそうな名前が付いているが、今のところは、ポテンシャルエネルギーのゼロ点をずらすというだけの話だ。