物理とか

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理想気体の性質・マクスウェル・ボルツマン分布の導出


1.箱の中の気体粒子のエネルギー分布

前回、平衡状態にある系の一部が\(\epsilon_a\)というエネルギー状態を持つ確率は、 \[P(\epsilon_a)=\frac{\exp[-\epsilon_a/kT]}{Z}=\frac{\exp[-\epsilon_a/kT]}{\displaystyle\sum_i \exp[-\epsilon_i/kT]}\tag{1}\] と与られることがわかった。\(\epsilon_i\)というのは、その系が取りうる全てのエネルギーを表している。

せっかくなので、今回は理想気体の分子がどういう速度をもって運動しているかについて、分配関数の計算練習という意味も含めて、考えてみよう。でもwikipediaなんかに書いてある方法ではなくて、せっかく統計力学を使うのだから、量子力学的な考え方からスタートする。前にも言ったが、統計力学は連続的な状態を扱う古典力学よりも、離散的な状態を扱う量子力学のほうが相性がいいのだ。

十分大きい一辺Lの立方体の中に入っている量子力学的な自由粒子は、 \[\epsilon_\b{n}=\frac{\hbar^2}{2m}\left(\frac{\pi}{L}\right)^2(n_1^2+n_2^2+n_3^2)\tag{2}\] というエネルギーをとることができる。量子力学の教科書の最初のほうにでてくるような問題だから、わからなければ検索すれば解説はいくらでもでてくるはずだ。

理想気体というのは、互いに相互作用しない粒子の集まりである。だから、粒子が何個あるかはどうでもよくて、それぞれの粒子のエネルギーは(2)で与えられる。このことを使って、分配関数Zを計算してみよう。 \[Z=\sum_i \exp[-\epsilon_i/kT]\tag{3}\] だが、いま(2)でエネルギーが与えられているので、 \[Z=\sum_{n_1}\sum_{n_2}\sum_{n_3}\exp\left[-\frac{\hbar^2}{2mkT}\left(\frac{\pi}{L}\right)^2(n_1^2+n_2^2+n_3^2)\right]\tag{4}\] となる。(4)のままでは、手も足も出ないような計算に見えるが、指数関数は積に直すことができるから、 \[Z=\left(\sum_{n_1}\exp\left[-\frac{\hbar^2}{2mkT}\left(\frac{\pi}{L}\right)^2n_1^2\right]\right)^3\tag{5}\] と同じことである。これならなんとか計算できそうだ。やってみよう。

とはいっても、和を計算するのはやっぱり難しい。でも、箱の大きさLが十分大きいなら、指数関数の中身はほとんど連続的に変化するとみなせるんじゃないだろうか。(十分大きいというのは、\(\hbar^2\pi^2/2mkT\)に対して十分大きいという意味だ。例えば水素原子の気体で室温なら、\(\sqrt{\hbar^2\pi^2/2mkT}\approx10^{-11}m\)だから、普通の系ではだいたい大きいといえるだろう。)

そこで、計算過程をわかりやすくするため、 \[\alpha^2 = \frac{\hbar^2}{2mkT}\left(\frac{\pi}{L}\right)^2\] とおいて、 \[\sum_{n}\exp[-\alpha^2 n^2]\] を積分で近似して計算してみよう。\(x_n=\alpha n \)とおくと、 \[\sum_{n}\exp[-x_n^2]\alpha \approx \int_0^\infty \exp[-x^2] dx\tag{6}\] とできる。図を書いて考えてみるとわかりやすいかもしれない。\(x_n\)の刻み幅が\(\alpha\)なのでそれを掛けると積分で近似できるようになるのだ。つまり、\(\alpha\)は右辺の\(dx\)に対応している。

よく知られているように、 \[\int_0^\infty \exp[-x^2] = \frac{\sqrt{\pi}}{2}\tag{7}\] なので、(6)から、 \[\sum_{n}\exp[-\alpha^2 n^2]\approx\frac{\sqrt{\pi}}{2\alpha}\tag{8}\] であることがわかる。\(\alpha\)をもとに戻しながら、分配関数の計算(5)に戻ると、 \[Z=\left(\frac{\sqrt{\pi}}{2\alpha}\right)^3=\left(\frac{\sqrt{\pi}}{2}\sqrt{\frac{2mkT}{\hbar^2}\left(\frac{L}{\pi}\right)^2}\right)^3=\left(\sqrt{\frac{mkT}{2\pi\hbar^2}}L\right)^3\tag{9}\] を得る。これで粒子一つの分配関数の計算が終わった。

ということは、(1)から、あるエネルギー状態\(\epsilon_a\)を理想気体中の一つの粒子がもつ確率は、 \[P(\epsilon_a)=\frac{1}{V}\left(\frac{2\pi\hbar^2}{mkT}\right)^\frac{3}{2}\exp[-\epsilon_a/kT]\tag{10}\] と書けることになる。ここまでで分配関数とかの話は終わりだ。(10)はwikipediaなんかに書いてあるマクスウェル分布の式とは様子が違う。でも(10)は紛れもなくマクスウェル分布を表している式である。

2.速度分布・状態密度

速度分布を調べるには、(10)式に少し手を加えないといけない。まず、理想気体の粒子の速さとエネルギーとの間には \[\epsilon=\frac{1}{2}mv^2\tag{11}\] という関係がある。これを(10)に代入すればそれで終わりかというと、そういうわけでは無い。

\(P(\epsilon_a)\)というのが具体的に何を表しているかもう一回思い出す。それは、一つの粒子が\(a\)という一つの状態をとる確率を表しているのだった。一つのエネルギーに一つの状態が対応しているのならば、(11)を(10)に代入すればいいだけなのだが、今回はそのような系になっていない。例えば、(2)式で\((n_1,n_2,n_3)=(1,1,2),(1,2,1),(2,1,1)\)というのはどれも違う状態だが、それぞれ同じエネルギーを持っている。だから、あるエネルギーをとる状態の数を考えて初めて、ある速度をもつ確率を求めることができるのだ。

離散的にとりうる速さについての確率を求めてもいいのだが、さっきと同じ要領で、Lが十分大きいときエネルギーはほとんど連続的に変化できると考え、次のようにまずはエネルギー分布を求めてやる。

これからやるのは、ある速さ\(v\)と\(v+dv\)の間に存在する状態の数を求めることだ。この量は

状態密度

と呼ばれる。まずは、エネルギー\(E\)以下のエネルギーをもつ状態の数\(N(E)\)を求めよう。

それぞれのエネルギーは \[\epsilon_\b{n}=\frac{\hbar^2}{2m}\left(\frac{\pi}{L}\right)^2(n_1^2+n_2^2+n_3^2)\tag{2}\] で与えられるから、エネルギーが\(E\)以下という条件は \[E\geq\frac{\hbar^2}{2m}\left(\frac{\pi}{L}\right)^2(n_1^2+n_2^2+n_3^2)\tag{12}\] となる。書き直すと、 \[\frac{2mE}{\hbar^2}\left(\frac{L}{\pi}\right)^2\geq n_1^2+n_2^2+n_3^2\tag{13}\] である。ところで、\((n_1,n_2,n_3)\)3次元空間の格子点(全てが整数の点)がひとつひとつの状態に対応している。このときの左辺は、さっきも書いたが、かなり大きい数になっているはずだから、左辺を半径の2乗とする球の体積を考えてやれば十分近似できるだろう。つまり、 \begin{align} N(E)&=\frac{1}{8}\frac{4\pi}{3}\left(\sqrt{\frac{2mE}{\hbar^2}\left(\frac{L}{\pi}\right)^2}\right)^3\\ &=\frac{1}{6\pi^2}\left(\frac{2mE}{\hbar^2}\right)^{\frac{3}{2}}V \end{align} となる。さらに速さ\(v\)に\(E=mv^2/2\)の関係を使ってやると、速さ\(v\)以下の状態の数\(N(v)\)がわかる。つまり、 \[N(v)=\frac{1}{6\pi^2}\frac{m^3v^3}{\hbar^3}V\tag{14}\] である。よって、速さ\(v\)と\(v+dv\)の間の速さをもつ粒子の数\(n(v)\)は \begin{align} n(v)&=N(v+dv)-N(v)\\ &=\frac{dN}{dv}dv\\ &=\frac{1}{2\pi^2}\frac{m^3v^2}{\hbar^3}V dv\tag{15} \end{align} となる。これで準備は整った。

さて、もとの話に戻ろう。粒子の速度分布を考えたいのだった。(10)式のエネルギーを速さに変えてやると、 \[P(v_a)=\frac{1}{V}\left(\frac{2\pi\hbar^2}{mkT}\right)^\frac{3}{2}\exp\left[-\frac{mv_a^2}{2kT}\right] \tag{16}\] でもここからは、連続的な分布を持つとしたのだから、ある一つの速さについての確率と言うよりは、\(v\)から\(v+dv\)という幅の中に粒子が存在する確率\(p(v)dv\)になる。(16)式によって与えられる確率と、それの周辺の状態の数(15)を掛け合わせることで、 \begin{align} p(v)dv&=\frac{1}{V}\left(\frac{2\pi\hbar^2}{mkT}\right)^\frac{3}{2}\exp\left[-\frac{mv^2}{2kT}\right]\frac{1}{2\pi^2}\frac{m^3v^2}{\hbar^3}V dv\\ &=4\pi v^2\left(\frac{m}{2\pi kT}\right)^\frac{3}{2}\exp\left[-\frac{mv^2}{2kT}\right]dv\tag{17} \end{align} となる。(17)が

マクスウェル・ボルツマン分布

だ!
ということで、マクスウェル・ボルツマン分布を \[P(\epsilon_a)=\frac{\exp[-\epsilon_a/kT]}{Z}=\frac{\exp[-\epsilon_a/kT]}{\displaystyle\sum_i \exp[-\epsilon_i/kT]}\tag{1}\] という式から導出してみたわけだが、やっぱりこうやってやるとなかなか大変な計算だった。たぶん、学校とかでは、 \[p(\epsilon)\propto \exp[-\epsilon/kT]\] として\(\int pd\epsilon=1\)の条件から規格化して求めることが多いんだろうが、それだとなんとなく天下り感が拭えなかったので、こういう計算をしてみた次第だ。やってみると、色々な計算の練習になってよかったと思う。