物理とか

Index

不純物半導体の不純物準位・分布関数の縮退因子


1.不純物半導体

不純物半導体

とは、真性半導体にわざと不純物を入れて、電気伝導性やその他の性質を調整した半導体のことだ。不純物のうち、電子を与えるものは

ドナー (donor)

、正孔を与えるものは

アクセプタ (acceptor)

と呼ばれる。どんなものがあるかというと、例えばもともと4つの電子を持っている Si に対してなら、5つの電子を持っている As を添加すればそれはドナーとなり、3つの電子を持っている Al を入れればそれはアクセプタとして働く。

今回はそんな不純物半導体に存在する不純物準位から始めて、その準位に対する分配関数まで導出して終わりにしようと思う。

2.不純物準位

今回は全体的にドナーについて説明するが、アクセプタに関しても全く同じ感じになる。

絶対零度では、ドナー原子の持っている余分な電子も当然そのドナー原子に束縛されている。しかし、少し温度が上がるとその熱エネルギーを受け取って、余分な電子がドナー原子から離れて飛んでいくだろう。じゃあ、どのくらいのエネルギーを受け取れば原子の束縛を振り切ることができるだろうか。

そこで考えてみると、ドナーとなる原子、つまり陽子・電子が1つだけ多い原子 (電子が1つ多いということは、当然陽子も1つ多い。) を不純物として導入すると、その原子はほとんど水素原子と同じような振る舞いをするだろう。なぜなら、まわりよりもちょうど1つだけ多く+-の電荷が存在しているのだから。

ということは、ドナー原子から電子を引き剥がすのに必要なエネルギーは、水素原子の場合と同じように計算できるだろう。量子力学の練習問題でよく出てくるように、水素原子のイオン化エネルギーは \[E = \frac{e^4m_e}{32\pi^2\epsilon_0^2\hbar^2}\] である。そこで例えばの計算をしてみよう。真空の誘電率になっている部分を、Si の誘電率 \(\epsilon_{Si}=12\epsilon_0\)に、質量を有効質量\(m^*_e = 0.5m_e\)に変えて計算してみると、 \[E \approx 48 \text{meV}\tag{1}\] を得る。室温の熱エネルギー\(kT = 25 \text{meV}\)でも十分励起できそうな値になった。こんな適当な計算だが、実際に実験でもたしかにこのくらい (数十meV) のエネルギーが必要そうだ、ということがわかっている。

ドナー原子の電子が、数十meVのエネルギーを得て引き剥がされて動き回るということは、逆に考えると、伝導帯の下数十meVのあたりに電子が存在できる準位があるということでもある。不純物の導入によって、人工的に作られるこのエネルギー準位は

不純物準位

と呼ばれる。要するに、不純物準位とは、ドナー原子に束縛されているエネルギー状態のことである。

3.不純物準位における分布関数

次に、ある一定の温度\(T\)において、不純物準位にどのくらいの電子が存在しているか考えよう。

特に注意せずにやれば、フェルミディラック分布を \[f(\epsilon) = N_D \frac{1}{1+\exp\left(\frac{\epsilon-\mu}{kT}\right)}\] ドナー原子濃度を\(N_D\)として、その束縛準位\(E_D\)に存在する電子の数\(n_D\)は、 \[n_D = N_D f(E_D) = N_D \frac{1}{1+\exp\left(\frac{E_D-\mu}{kT}\right)}\tag{2}\] とできるように思えるかもしれない。しかし、今回考えるような不純物準位の場合、普通のフェルミディラック分布を使ってはいけないのだ。

なぜいけないのかを理解するには、そもそもフェルミディラック分布がどのように導出されたかを知る必要がある。

ここでも少し復習しよう。フェルミディラック分布は、あるエネルギー準位\(\epsilon_i\)に入る電子の個数の期待値を表すものだった。それを考えるには、まず電子がその準位に存在する統計的確率を知らないといけないが、統計力学によるとその確率は \[P(\epsilon_i) = \frac{\exp\left(\frac{N\mu-\epsilon}{kT}\right)}{Z}\tag{3}\] ただし、Zは分配関数で \[Z=\sum_\b{N}\sum_\epsilon\exp\left(\frac{\b{N}\cdot\b{\mu}-\epsilon}{kT}\right)\tag{4}\] である。\(\b{N}\)、\(\b{\mu}\)は粒子の個数と化学ポテンシャル (フェルミ準位) を表す。太字で書いたのは、違う種類の粒子が存在する場合は\(\b{N}\cdot\b{\mu} = N_1\mu_1+N_2\mu_2\)となるためだ。

普通のフェルミディラック分布の導出では、ある準位\(\epsilon_i\)に着目したとき、パウリの排他原理からその準位に電子は1つしか入れないことを使い、その個数の期待値を \[f(\epsilon) = \expect{N(\epsilon)} = \sum_N N P(\epsilon_i) = \frac{1}{1+\exp\left(\frac{\epsilon-\mu}{kT}\right)}\] と計算した。

しかし、今回のような不純物準位の場合は少し事情が違う。不純物準位には、1つの電子しか入れないが、その入り方はスピンアップのものが入るか、スピンダウンのものが入るかの二通り可能だからだ。複雑なことを考えない限り、スピンの向きによってエネルギーや化学ポテンシャルが変わることはないから、まず分配関数は、 \begin{align} Z &= \sum_{N_\uparrow=0,1}\sum_{N_\downarrow=0,1}\sum_\epsilon\exp\left(\frac{N_\uparrow\mu + N_\downarrow\mu-\epsilon}{kT}\right)~~~~(ただしN_\uparrow = N_\downarrow = 1\text{はだめ})\\ &= 1 + 2\exp\left(\frac{\mu-\epsilon}{kT}\right) \tag{5} \end{align} となる。さらにこれより、\(\epsilon\)という準位にスピンアップ、ダウンが入っている確率は、 \begin{align} P_\uparrow(\epsilon) = P_\downarrow(\epsilon) &= \frac{\exp\left(\frac{\mu-\epsilon}{kT}\right)}{Z} \\ &= \frac{\exp\left(\frac{\mu-\epsilon}{kT}\right)}{1 + 2\exp\left(\frac{\mu-\epsilon}{kT}\right)} \end{align} となる。だから、準位\(\epsilon\)にいるスピンアップ、ダウンの電子の個数の期待値は \begin{align} \expect{N_\uparrow(\epsilon)} = \expect{N_\downarrow(\epsilon)} &= \frac{\exp\left(\frac{\mu-\epsilon}{kT}\right)}{1 + 2\exp\left(\frac{\mu-\epsilon}{kT}\right)} \end{align} である。不純物準位にいる電子全体の個数の期待値は、スピンアップ・ダウンのものをひっくるめて考えて、 \begin{align} f_D(\epsilon) = \expect{N(\epsilon)} &= \expect{N_\uparrow(\epsilon)} + \expect{N_\downarrow(\epsilon)} \\ &= \frac{2\exp\left(\frac{\mu-\epsilon}{kT}\right)}{1 + 2\exp\left(\frac{\mu-\epsilon}{kT}\right)} \\ &= \frac{1}{1 + \frac{1}{2}\exp\left(\frac{\epsilon-\mu}{kT}\right)}\tag{6} \end{align} となる。同様に考えると、アクセプタ準位に存在する正孔の期待値も、 \[f_A(\epsilon) = \frac{1}{1 + 2\exp\left(\frac{\epsilon-\mu}{kT}\right)}\] と得られる。

以上のことからドナー準位やアクセプタ準位については、(6), (7)式の分布関数\(f_D(\epsilon)\)を使わないといけない。 通常のフェルミディラック分布関数にはなかった\(1/2, 2\)の因子のことを

縮退因子

と呼ぶ。

今回はスピンの縮退についてだけ考えたが、他の要素、例えば波数に関しても縮退が起きているときは、その自由度も加味して考えなくてはいけないことに注意しておこう。(いくらでも複雑なケースは考えられるが、複雑になりすぎるとそもそも今回のような理論が成立しなくなりそうだから、このへんで止めておく。)