物理とか

Index

Hohenberg-Kohn の定理と密度汎関数法


1. Hohenberg-Kohn の定理

\(N\)個の電子が存在していて、位置に依存した外部ポテンシャル \(V(\b{r})\) がかかっているような系を考えよう。例えば結晶や分子のような系で、原子核の正電荷が作るポテンシャルが \(V(\b{r})\) だと思えば良い。このような系のハミルトニアンは \[H = \frac{\hbar^2}{2m}\sum_{i=1}^N \nabla_i^2 + \frac{e^2}{4\pi\epsilon}\sum_{i=1}^N\sum_{j=1}^{i-1} \frac{1}{|\b{r}_i - \b{r}_j|} + \sum_{i=1}^N V(\b{r}_i)\] となる。今後の便利のため、 \begin{align} H_0 &= \frac{\hbar^2}{2m}\sum_{i=1}^N \nabla_i^2 + \frac{e^2}{4\pi\epsilon}\sum_{i=1}^N\sum_{j=1}^{i-1} \frac{1}{|\b{r}_i - \b{r}_j|}\\ \end{align} と書くことにする。このとき、\(H_0\) は系の詳細によらずに常に存在する項で、\(V(\b{r})\) が系の性質を全て決定する役割を果たす。

Hohenberg-Kohn の定理は、数値計算の1手法である密度汎関数法の基礎となる定理で、このような系に対して以下のことを主張する。
クーロン相互作用する電子系に、位置に依存した外部ポテンシャル \(V(\b{r})\) がかかっているとする。このとき、\(V(\b{r})\) と基底状態の電子密度 \(n_g(\b{r})\) は 1 対 1 対応する。
今考えている物理系では、\(V(\b{r})\) が決まれば全ての性質が決まるのだから、
基底状態の電子密度 \(n_g(\b{r})\) が求まれば、この系の全ての性質が決定される。
とも言える。

このページでは、Hohenberg-Kohn の定理がなぜ成り立つのか説明し、密度汎関数法のアイデアを紹介する。

2. Hohenberg-Kohn の定理

基底状態の電子密度と外部ポテンシャルが 1 対 1 に対応することを示したい。直接やるのは難しいのでまずは、基底状態の電子密度が同じ 2 つのハミルトニアンがあったら、そのような 2 つのハミルトニアンはどのような関係にあるべきか、変文原理を使って考えてみる。

変分原理とは、適当なハミルトニアン \(H\) があったとき、任意の状態 \(\ket{\psi}\) のエネルギー期待値は、基底状態のエネルギーより必ず大きいという性質を指していた。式で書くなら、基底状態を \(\ket{g}\) として、 \[\bra{\psi}H\ket{\psi} \geq \bra{g}H\ket{g}\] ということを指して変分原理という。

量子力学をシュレディンガー方程式 (第一量子化) から始める立場なら、これは原理というよりも定理だけど。

さて、基底状態の電子密度 \(n_g(\b{r})\) を共有する 2 つのハミルトニアンを \(H\), \(H'\) とし、それぞれの基底状態を \(\ket{g}\), \(\ket{g'}\) とする。つまり、\(\ket{g}\), \(\ket{g'}\) の電子密度を計算すると、同じ分布 \(n_g(\b{r})\) になるということだ。\(H\), \(H'\) としては、ポテンシャル項だけが異なる \begin{align} H &= H_0 + \sum_{i=1}^N V(\b{r}_i)\\ H' &= H_0 + \sum_{i=1}^N V'(\b{r}_i)\\ \end{align} のような形を考える。便利のため、 \begin{align} v &= \sum_{i=1}^N V(\b{r}_i)\\ v' &= \sum_{i=1}^N V'(\b{r}_i)\\ \end{align} と置くことにする。

\(H\) について変分原理の式をそのまま書くと、 \[\bra{\psi}H\ket{\psi} \geq \bra{g}H\ket{g}\] である。この式は任意の \(\ket{\psi}\) について成り立つ式だったから、試しに \(\ket{\psi}\) として \(\ket{g'}\) を使ってみる。そうすると \(H'\) の基底エネルギー \(\bra{g'}H'\ket{g'}\) を左辺に出現させられて、そこからこの 2 つのハミルトニアンが満たすべき関係が探れそうだ。実際やってみると、 \begin{align} \bra{g'}H\ket{g'} &\geq \bra{g}H\ket{g} \\ \bra{g'}(H_0 + v)\ket{g'} &\geq \bra{g}H\ket{g} \\ \bra{g'}(H_0 + v + v' - v')\ket{g'} &\geq \bra{g}H\ket{g} \\ \bra{g'}(H_0 + v')\ket{g'} + \bra{g'}(v - v')\ket{g'} &\geq \bra{g}H\ket{g} \\ \bra{g'}H'\ket{g'} + \bra{g'}(v - v')\ket{g'} &\geq \bra{g}H\ket{g} \\ \end{align} \(v' - v'\) を足して無理やり \(H'\) を作り出した。ここで、基底状態の電子密度が同じという仮定から、 \[\bra{g'}(v - v')\ket{g'} = \bra{g}(v - v')\ket{g} \tag{1}\] であることを使うと面白いことになる。この式は \[\bra{g'}(v - v')\ket{g'} = \int d\b{r} \left(V(\b{r})-V'(\b{r})\right)n_g(\b{r})\] であることから成り立つ。(前回 (多電子系の電子密度) 参照。)

(1) 式を代入してやって、少し変形すると、 \begin{align} \bra{g'}H'\ket{g'} + \bra{g}(v - v')\ket{g} &\geq \bra{g}H\ket{g} \\ \bra{g'}H'\ket{g'} &\geq \bra{g}H\ket{g} + \bra{g}(v' - v)\ket{g} \\ \bra{g'}H'\ket{g'} &\geq \bra{g}(H + v' - v)\ket{g}\\ \bra{g'}H'\ket{g'} &\geq \bra{g}H'\ket{g} \tag{2} \end{align} という不等式が得られる。この式は基底状態の電子密度 \(n_g(\b{r})\) を共有する 2 つのハミルトニアン \(H\), \(H'\) の基底状態 \(\ket{g}\), \(\ket{g'}\) についていつでも成り立つべき式である。でも一方で \(\ket{g'}\) は \(H'\) の基底状態だったので、変分原理から \[\bra{g}H'\ket{g} \geq \bra{g'}H'\ket{g'} \tag{3}\] でなければならない。(2), (3) 式を組み合わせると、 \[\bra{g}H'\ket{g} = \bra{g'}H'\ket{g'} \tag{4}\] が言えるだろう。これまでの議論は \(H'\) と \(H\)を入れ替えても成り立つはずなので、 \[\bra{g}H\ket{g} = \bra{g'}H\ket{g'} \tag{5}\] も成り立つ。

(4), (5) 式は、\(\ket{g}\), \(\ket{g'}\) が 2 つのハミルトニアン \(H\), \(H'\) について同時に基底状態となっていることを意味している。 つまりここまでで、以下のことがわかった。
基底状態の電子密度 \(n_g(\b{r})\) を共有する 2 つのハミルトニアン \(H\), \(H'\) は、同じ状態を基底状態として持つ。

もともとやりたかったのは、基底状態の電子密度と外部ポテンシャルが 1 対 1 に対応することを示すことだった。だからあとは、同じ状態 \(\ket{g}\) を基底状態として持つハミルトニアン \begin{align} H &= H_0 + \sum_{i=1}^N V(\b{r}_i)\\ H' &= H_0 + \sum_{i=1}^N V'(\b{r}_i)\\ \end{align} のポテンシャル部分が同じ関数になることを示せば良い。これはそこまで難しく無い。

2つのハミルトニアンの基底エネルギーを \(E_g\), \(E_g'\) としよう。\(\ket{g}\) は両方のハミルトニアンの基底状態となっているのだから、その波動関数を \(\psi_g(\b{r}_1,\cdots \b{r}_N)\) とすると、 \begin{align} \left(H_0 + \sum_{i=1}^N V(\b{r}_i)\right)\psi_g(\b{r}_1,\cdots \b{r}_N) &= E_g \psi_g(\b{r}_1,\cdots \b{r}_N)\\ \left(H_0 + \sum_{i=1}^N V'(\b{r}_i)\right)\psi_g(\b{r}_1,\cdots \b{r}_N) &= E_g' \psi_g(\b{r}_1,\cdots \b{r}_N) \end{align} が成り立つ。引き算すれば、 \begin{align} \left(\sum_{i=1}^N (V(\b{r}_i) - V'(\b{r}_i))\right)\psi_g(\b{r}_1,\cdots \b{r}_N) &= (E_g-E_g') \psi_g(\b{r}_1,\cdots \b{r}_N) \end{align} を得る。\(\psi_g(\b{r}_1,\cdots \b{r}_N) = 0\) でないときにこの式が成り立つためには、 \[\sum_{i=1}^N (V(\b{r}_i) - V'(\b{r}_i))= E_g-E_g' \] が必要である。右辺は定数なので、この式が成り立つためには、 \[V(\b{r}) - V'(\b{r}) = \text{const.}\tag{6}\] でなければいけない。よってここでは、
同じ状態 \(\ket{g}\) を基底状態として持つ 2 つのハミルトニアン \(H\), \(H'\) の外部ポテンシャル \(V(\b{r})\), \(V'(\b{r})\) は、定数差の任意性を除いて一致する。
が言えた。

上で示したことと組み合わせれば
Hohenberg-Kohn の定理: 基底状態の電子密度 \(n_g(\b{r})\) を共有する全てのハミルトニアン \(H\) の外部ポテンシャル \(V(\b{r})\) は、定数差の任意性を除いて一致する。
が言える。

3. 密度汎関数法

ハミルトニアンの外部ポテンシャル以外の部分 (運動エネルギーと電子-電子相互作用) はすべての系で同じなので、外部ポテンシャル \(V(\b{r})\) のみによってすべての性質が決定されるはずである。Hohenberg-Kohn の定理は、この外部ポテンシャル \(V(\b{r})\) と基底状態の密度 \(n_g(\b{r})\) が1対1に対応するといっているのだから、外部ポテンシャルの代わりに基底状態の密度 \(n_g(\b{r})\) を与えたとしても、それは系のすべての性質を決定するはずである。

この事実を元に、密度汎関数法では、基底状態の密度 \(n_g(\b{r})\) から基底エネルギー \(E_g\) を計算する関数 \(E_g[n_g]\) を用いて、物性計算を行う。\(E_g[n_g]\) はエネルギー汎関数と呼ばれている。"汎"関数というのは、\(E_g\) が位置 \(\b{r}\) の関数である電子密度 \(n_g\) を引数としている、つまり関数の関数になっていることを指している。

このエネルギー汎関数には、波動関数に対する変分法に対応して、次の性質がある。
エネルギー汎関数の変分原理: 適当な電子状態 \(\ket{\psi}\) に対応する電子密度を \(n_{\psi}(\b{r})\) とするとき、どんな \(\ket{\psi}\) を持ってきても必ず、 \begin{align} E_g[n_g] \leq E_g[n_\psi] \end{align} が成り立つ。
したがって、電子密度 \(n\) いろいろ試しながら \(E_g[n]\) を評価し、最小点が見つかればそれが基底状態の電子密度となることが言える。この手法を用いて基底状態を求めるのが、密度汎関数法である。

強調しておきたいのは、\(E_g[n_g]\) という汎関数は、それが存在しているということは確かなのだけれども、その具体的な形については誰も知らない ということだ。したがって、実際の計算では \(E_g[n_g]\) を「物理的に確からしいと思われる」ように構成して、その「おそらく正しいと思われる」\(E_g[n_g]\) に対して変分原理を適用する。

4. v-表現可能性

上記が密度汎関数法の基礎となっているのだが、密度汎関数法には

v-表現可能性

という問題があることが知られている。

上の議論では、「エネルギー汎関数を最小化すればそれが基底状態密度となる」ことを示したが、これはそもそも、適当にとってきた電子密度 \(n(\b{r})\) に対して、それを基底状態として持つ外部ポテンシャル \(V(\b{r})\) が存在すれば、の話である。適当な電子密度 \(n(\b{r})\) に対して、それを基底状態として持つ外部ポテンシャル \(V(\b{r})\) が存在するとき、\(n(\b{r})\) は

v-表現可能

であるという。

密度汎関数法の結果として、v-表現不可能な電子密度 \(n(\b{r})\) が実現することがあってはいけない。しかし、電子密度のエネルギー汎関数 \(E_g[n]\) を機械的に最小化するようなアルゴリズムを走らせれば、v-表現不可能な電子密度を変分問題の解として出してしまうこともあるだろう。これは問題であるが、そもそも v-表現可能性を満たすような電子密度がどのような性質を持っているのかよくわかっていない。

そのような状況をなるべく回避するための手法がいくつかあるらしい。