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Thomas-Fermi の運動エネルギー汎関数


1. 電子密度の汎関数のとしてのエネルギー

前回紹介したように、外部から加えられたポテンシャル中で相互作用しながら運動する電子系については、基底状態の密度 \(n_g(\b{r})\) が与えられれば、系のすべての性質が \(n_g(\b{r})\) から計算できる。原理的には、基底エネルギーを \(n_g(\b{r})\) から計算する汎関数 \(E[n]\) に対して変分原理を適用すれば、基底状態の電子密度を変分的に求られるのだが、前回も注意したように、\(E[n]\) の正しい形は誰も知らない。

\(E[n]\) を「確からしいように」構成する出発点は、問題を表すハミルトニアン \begin{align} H = \frac{\hbar^2}{2m}\sum_{i=1}^N \nabla_i^2 + \frac{e^2}{4\pi\epsilon}\sum_{i=1}^N\sum_{j=1}^{i-1} \frac{1}{|\b{r}_i - \b{r}_j|} + \sum_{i=1}^N V(\b{r}_i) \end{align} である。\(V(\b{r})\) が外部から加えられたポテンシャルであり、\(\b{r}_i\) は \(N\) 個の電子の位置座標である。普通密度汎関数法では、ハミルトニアンにならって、エネルギー汎関数 \(E[n]\) を、運動エネルギー \(T[n]\)、電子-電子相互作用エネルギー \(V_{ee}[n]\) と外部ポテンシャルからの部分に分離し、 \begin{align} E[n] = T[n] + V_{ee}[n] + \int d\b{r} V(\b{r})n(\b{r}) \end{align} とする。\(T[n]\)・\(V_{ee}[n]\) のどちらも厳密な形はわかっていない。

今回は、運動エネルギー汎関数 \(T[n]\) を自由電子による近似に基づいて構成する Thomas-Fermi の理論について解説する。

2. 自由電子の基底エネルギー

自由電子のものから運動エネルギー汎関数を求めるために、まず相互作用をせず、外部からのポテンシャルも与えられていないような \(M\) 個の電子が、1辺 \(L\) の立方体の箱の中に閉じ込められている状況を考えて、その基底エネルギーを求めてみよう。この問題は 自由電子の状態密度 を導出するときに解くものと同じである。この問題のハミルトニアンは \begin{align} H = \frac{\hbar^2}{2m}\sum_{i=1}^N \nabla_i^2 \end{align} と、運動エネルギーの項だけを持つようなものである。

\(L\) が十分大きいとき、自由電子の状態密度は \begin{align} D(E)=\frac{1}{2\pi^2}\left(\frac{2m}{\hbar^2}\right)^{3/2}\sqrt{E} \end{align} となる。状態密度は単位体積・単位エネルギーあたりに存在する状態数を表すものだったから、今考えている1辺 \(L\) の立方体の中では、\(L^3 D(E)\) が単位エネルギーあたりの状態数となる。 基底エネルギー \(E_g\) は、エネルギーの低い状態から順に電子を詰めていって、詰められた個数が \(M\) 個となるようなエネルギーを \(E_{\mathrm{max}}\) とすると、 \begin{align} E_g = \int_{0}^{E_{\mathrm{max}}} \epsilon L^3 D(\epsilon) d\epsilon \tag{1} \end{align} と書けるだろう。

\(E_{\mathrm{max}}\) はどうなるだろうか?エネルギー \(E\) 以下に存在できる電子の総数は、\(\int_0^E L^3 D(\epsilon) d\epsilon\) によって計算できて、 \begin{align} \frac{L^3}{3\pi^2}\left(\frac{2m}{\hbar^2}\right)^{3/2}E^{3/2} \end{align} となる。今、\(M\) 個の電子をエネルギーの低い状態から順に詰めていったとすると、電子が持つ最大のエネルギー \(E_{\mathrm{max}}\) は \begin{align} M=\frac{L^3}{3\pi^2}\left(\frac{2m}{\hbar^2}\right)^{3/2}E^{3/2}_{\mathrm{max}} \end{align} という方程式を解けばわかる。実際解くと、 \begin{align} E_{\mathrm{max}} = \frac{\hbar^2}{2m}(3\pi^2)^{2/3}\left(\frac{M}{L^3}\right)^{2/3} \end{align} を得る。\(n=M/L^3\) として、電子密度 \(n\) で書き直すと、 \begin{align} E_{\mathrm{max}} = \frac{\hbar^2}{2m}(3\pi^2 n)^{2/3} \tag{2} \end{align} となる。

(1) 式に (2) 式を代入しながら計算を続けると、 \begin{align} E_g &= \int_{0}^{E_{\mathrm{max}}} \epsilon L^3 D(\epsilon) d\epsilon \\ &= \frac{L^3}{2\pi^2}\left(\frac{2m}{\hbar^2}\right)^{3/2} \int_{0}^{E_{\mathrm{max}}}\epsilon^{3/2} d\epsilon \\ &= \frac{L^3}{2\pi^2}\left(\frac{2m}{\hbar^2}\right)^{3/2} \frac{2}{5} E_{\mathrm{max}}^{5/2} \\ &= \frac{L^3}{5\pi^2}\left(\frac{2m}{\hbar^2}\right)^{3/2} \left(\frac{\hbar^2}{2m}\right)^{5/2} (3\pi^2 n)^{5/3} \\ &= \frac{3^{5/3}\pi^{4/3}}{5} \frac{\hbar^2}{2m} L^3 n^{5/3} \end{align} を得る。

3. Thomas-Fermi の運動エネルギー汎関数

上の計算によって、運動エネルギー項だけを持つようなハミルトニアンを考えたとき、その基底エネルギーが \begin{align} E_g = \frac{3^{5/3}\pi^{4/3}}{5} \frac{\hbar^2}{2m} L^3 n^{5/3} \end{align} と電子密度 \(n\) と関係づいていることがわかった。単位体積あたりのエネルギーに直すと、 \begin{align} \frac{E_g}{L^3} = \frac{3^{5/3}\pi^{4/3}}{5} \frac{\hbar^2}{2m} n^{5/3} \end{align} である。

Thomas-Fermi の理論では、一般の電子密度 \(n(\b{r})\) についても、この式が空間の各点において (近似的に) 成り立っていると考え、それを運動エネルギー汎関数とする。 つまり、\(n(\b{r})\) という電子密度は、点 \(\b{r}\) 周辺の微小体積 \(d\b{r}\) において、 \begin{align} \frac{3^{5/3}\pi^{4/3}}{5} \frac{\hbar^2}{2m} n(\b{r})^{5/3} d\b{r} \end{align} というエネルギーを持つ、と考える。この考えに基づき系の全運動エネルギーを計算するには、これを全空間で積分してやれば良いだろう。これにより、

Thomas-Fermi の運動エネルギー汎関数

\(T_{\mathrm{TF}}[n]\): \begin{align} T_{\mathrm{TF}}[n] = \frac{3^{5/3}\pi^{4/3}}{5} \frac{\hbar^2}{2m} \int n(\b{r})^{5/3} d\b{r} \end{align}
を得る。