物理とか

Index

多電子系の電子密度


1. やること

以前密度汎関数法の勉強を始めて、

そもそも多電子系の電子密度ってどうやって表すんだ?

というところでつまずいていたことを思い出したので、密度汎関数法の最初の記事としてこの記事を書くことにした。

ということで、ここでは \(N\) 個電子が存在する系の波動関数 \(\psi(\b{r}_1,\cdots\b{r}_N)\) を使って電子密度 \(n(\b{r})\) を表す方法をまとめる。

第二量子化で書いたほうがすっきりするのかもしれないが、とりあえず普通にやる。



2. 1電子の場合

1電子の場合は簡単だ。波動関数が \(\psi(\b{r})\) と与えられたとき、\(\b{r}\) から \(\b{r}+d\b{r}\) の範囲に電子が存在する確率が \(|\psi(\b{r})|^2 d\b{r}\) と計算できたことから、 \[n(\b{r}) = |\psi(\b{r})|^2\] で書けるだろう。多分普通に量子力学を学んだ人なら了解してくれると思う。

3. 2電子の場合

電子が 2 つになると、途端に話はややこしくなる。このとき、波動関数は \(\psi(\b{r}_1, \b{r}_2)\) という 6 次元の波だが、波動関数の大きさの 2 乗 \(|\psi(\b{r}_1, \b{r}_2)|^2 \) はどのような意味を持っていただろうか? 2 つの電子がそれぞれ、 \(\b{r}_1\) から \(\b{r}_1 + d\b{r}_1\), \(\b{r}_2\) から \(\b{r}_2 + d\b{r}_2\), に存在する確率が \(|\psi(\b{r}_1, \b{r}_2)|^2 d\b{r}_1d\b{r}_2\) で表されるのだった。したがって波動関数は、この確率分布を全空間で積分したとき 1 となるように規格化される。すなわち \[\int d\b{r}_1\int d\b{r}_2|\psi(\b{r}_1, \b{r}_2)|^2 = 1\] である。今考えている系で、電子が全空間で 2 つ見つかる確率は 1 だということだ。

さて、電子密度 \(n(\b{r})\) は、\(\b{r}\) から \(\b{r} + d\b{r}\) に存在する電子の平均個数を表す量である。\(|\psi(\b{r}_1, \b{r}_2)|^2\) からどのように \(n(\b{r})\) を計算したら良いのだろうか?一番素直に考えるのであれば、\(\b{r}\) から \(\b{r} + d\b{r}\) に電子が 1 つ存在する確率 \(p_1(\b{r})d\b{r}\) と 2 つ存在する確率 \(p_2(\b{r})d\b{r}\) を求め、それらを足す方法がある。もちろんそれでも良いのだろうが、なんだか \(N\) 電子に拡張しにくそうだし、もう少しかっこよく求めてみよう。

4. 電子密度の演算子

\(N\) 電子の場合にもかっこよく電子密度を求めるために、電子密度 \(n(\b{r})\) という物理量を表す演算子 \(\hat{n}(\b{r})\) を求めてみよう。とりあえず簡単に 1 電子の場合を考えてみる。1 電子の場合の電子密度は \[n(\b{r}) = |\psi(\b{r})|^2\] だった。これをブラケット表記になおすと、\(\hat{n}(\b{r})\) の正体が明らかにできる。波動関数 \(\psi(\b{r})\) に対応する状態を \(\ket{\psi}\) と書き、位置演算子の固有状態 \(\ket{\b{r}}\) を使うと、電子密度は \[n(\b{r}) = \braket{\psi}{\b{r}}\braket{\b{r}}{\psi} \tag{1}\] とブラケット表記される。(波動関数の位置表示参照。)

するとこの式から、\(\hat{n}(\b{r})\) を \[\hat{n}(\b{r}) = \ket{\b{r}}\bra{\b{r}}\] と定義すれば、 \[n(\b{r}) = \bra{\psi}\hat{n}(\b{r})\ket{\psi}\] と \(\hat{n}(\b{r})\) の期待値として電子密度 \(n(\b{r})\) が計算できることがわかる。これで 1 電子系における電子密度に対応した演算子を導出できた。

5. 2電子系の電子密度の演算子

上で導出した電子密度の演算子 \(\hat{n}(\b{r}) = \ket{\b{r}}\bra{\b{r}}\) を 2 電子系に拡張することで、2 電子系の電子密度を求めよう。始める前に、2 電子系の波動関数をブラケット表記する場合 \[\psi(\b{r}_1, \b{r}_2) = (\bra{\b{r}_1}\otimes\bra{\b{r}_2})\ket{\psi}\] のようになることに注意しておく。

さて、\(\hat{n}(\b{r}) = \ket{\b{r}}\bra{\b{r}}\) という演算子をよく見ると、\(\ket{\b{r}}\bra{\b{r}}\) は射影演算子であることから、これは「位置 \(\b{r}\) に電子が存在するか?」という物理量を表すと考えても良いだろう。その物理量の期待値として、電子がそこに存在する確率 \(n(\b{r})\) が得られているわけだ。

これにならって拡張するなら、「1つ目の電子が \(\b{r}\) に存在するか?」という演算子と、「2つ目の電子が \(\b{r}\) に存在するか?」という演算子を足せば、その期待値として 2 電子系での電子密度が計算できるだろう。「1つ目の電子が \(\b{r}\) に存在するか?」という演算子は、1つめの電子だけに 射影演算子 \(\ket{\b{r}}\bra{\b{r}}\) を作用させ、2つめの電子には何もしないという演算子 \[\ket{\b{r}}\bra{\b{r}}\otimes\int d\b{r}_2 \ket{\b{r}_2}\bra{\b{r}_2}\] を構成すれば良い。「2つ目の電子が \(\b{r}\) に存在するか?」という演算子も同様に構成できる。よって2電子系の電子密度を表す演算子は \[\hat{n}(\b{r}) = \ket{\b{r}}\bra{\b{r}}\otimes\int d\b{r}_2 \ket{\b{r}_2}\bra{\b{r}_2} + \int d\b{r}_1 \ket{\b{r}_1}\bra{\b{r}_1}\otimes \ket{\b{r}}\bra{\b{r}} \tag{2}\] となるだろう。本来電子は区別が無いところに、「1つ目の電子」と「2つ目の電子」というふうに区別していたが、結果はどちらがどちらの電子だという区別の無い表式が得られたのでこれで問題ないだろう。

この演算子を使って 2 電子系の電子密度を計算してみると \begin{align} n(\b{r}) &= \bra{\psi}\hat{n}(\b{r})\ket{\psi}\\ &= \bra{\psi}\left(\ket{\b{r}}\bra{\b{r}}\otimes\int d\b{r}_2 \ket{\b{r}_2}\bra{\b{r}_2} + \int d\b{r}_1 \ket{\b{r}_1}\bra{\b{r}_1}\otimes \ket{\b{r}}\bra{\b{r}}\right)\ket{\psi} \\ &= \int d\b{r}_2 |\psi(\b{r}, \b{r}_2)|^2 + \int d\b{r}_1 |\psi(\b{r}_1, \b{r})|^2 \end{align} となる。この式はもう少し簡単にできて、電子の波動関数が満たすべき性質 \[\psi(\b{r}_1, \b{r}_2) = -\psi(\b{r}_2, \b{r}_1)\] から \[|\psi(\b{r}_1, \b{r}_2)|^2 = |\psi(\b{r}_2, \b{r}_1)|^2\] なので、 \[n(\b{r}) = 2\int d\b{r}_2 |\psi(\b{r}, \b{r}_2)|^2 \tag{3}\] を得る。

6. N 電子系の電子密度

N 電子が存在する系であっても、同じように構成すれば、 \[n(\b{r}) = N\int d\b{r}_2d\b{r}_3\cdots d\b{r}_N |\psi(\b{r}, \b{r}_2, \b{r}_3, \cdots,\b{r}_N)|^2 \tag{4}\] と書けるだろう。

7. 外部ポテンシャルエネルギーの期待値

練習として、外部ポテンシャルエネルギーの期待値でも求めてみよう。密度汎関数法では、以下の形のハミルトニアンを仮定する。 \[\hat{H} = \hat{H}_0 + \hat{v}\] \(\hat{H}_0\) は電子の運動エネルギーと電子同士の相互作用を表す項で、\(\hat{v}\) が系を特徴づける外部ポテンシャルである。外部ポテンシャルは例えば原子核の作るクーロンポテンシャルのようなものが仮定される。そのポテンシャルエネルギーが位置 \(\b{r}\) に依存した \(V(\b{r})\) の形で書かれているとき、N 電子が存在する系では \[v(\b{r}_1,\cdots,\b{r}_N) = \sum_{i=1}^N V(\b{r}_i)\] である。これまでのことを使って、ある状態 \(\ket{\psi}\) について、このポテンシャルエネルギーの期待値を求めてみよう。

とにかく計算していく。 \begin{align} \bra{\psi}\hat{v}\ket{\psi} &= \int d\b{r}_1 \cdots d\b{r}_N v(\b{r}_1,\cdots\b{r}_N) |\psi(\b{r}_1, \cdots, \b{r}_N)|^2 \\ &= \sum_{i=1}^N \int d\b{r}_1 \cdots d\b{r}_N V(\b{r}_i) |\psi(\b{r}_1, \cdots, \b{r}_N)|^2 \\ &= N \int d\b{r}_1 \cdots d\b{r}_N V(\b{r}_1) |\psi(\b{r}_1, \cdots, \b{r}_N)|^2 \\ &= \int d\b{r}_1 V(\b{r}_1)\left(N \int d\b{r}_1\cdots d\b{r}_N |\psi(\b{r}_1, \cdots, \b{r}_N)|^2\right) \\ &= \int d\b{r} V(\b{r}) n(\b{r}) \end{align} 2行目から3行目は波動関数の対称性を使った変形だ。これで外部ポテンシャルエネルギーの期待値が、電子密度と外部ポテンシャルの積の積分であることを示すことができた。直感的に正しそうな式だ。

教科書はこのへんのことを飛ばさないでほしい。