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量子力学における物理量の確率と期待値


今回は、量子力学を勉強するときに誰もが感じるであろう疑問 \[なぜ\int\psi^*\hat{A}\psi dxが物理量\hat{A}の期待値を表すのか?\] について書いてみたいと思う。間違っているところはないように気をつけているけど、もし間違いがあったら教えて欲しい。

1.波動関数の重ね合わせ

時間依存を含めたシュレディンガー方程式は \[\hat{H}\left(x,-i\hbar\frac{d}{dx}\right)\psi(x,t) = -i\hbar\frac{\partial\psi(x,t)}{\partial t}\tag{1}\] と書かれる。 この一般解は、時間依存しないシュレディンガー方程式 \[\hat{H}\left(x,-i\hbar\frac{d}{dx}\right)\psi(x) = E\psi(x)\tag{2}\] の解\(\psi_n(x)\)に時間因子\(\exp\left(-\frac{i}{\hbar}E_nt\right)\)をかけた波の重ね合わせで得られる。つまり、 \[\psi(x,t)=\sum_na_n\psi_n(x)e^{-\frac{i}{\hbar}E_nt}\tag{3}\] のように表される。

さて、(3)式で表される電子のエネルギーを測定したときに、測定されるエネルギーの値というのはどういうものになるだろうか。

(3)の波動関数と言うのは、異なるエネルギー固有値をもつ波動関数が互いに重なり合いながら動いているといえるだろう。だから、普通に考えるなら、エネルギー固有値\(E_n\)同士の中間のエネルギーが観測されることがあってもいいように思える。 (例えばエネルギーが0.1の状態と0.5の状態が半端に存在していて、観測するとうまいこと0.3のエネルギーを取り出すことができたりできてもよさそう。) しかし、実験事実から見ると、測定されるエネルギーは必ず\(E_n\)のうちのどれかで、その中間の中途半端なエネルギーが観測されることはなかったらしい。

したがって、これも「波動関数は位置の確率密度を意味する」とした、前回の議論と同じように、「エネルギーがある値をとる確率」というもので議論すればよさそうだ。

波動関数\(\psi_n\)というのはエネルギー\(E_n\)をもつ一種の「状態」である。実際の波動関数\(\psi\)と言うのは、(3)式のようにそれらを (時間変化も含めた) 係数\(a_n\exp\left(-\frac{i}{\hbar}E_nt\right)\)によって「重み付け」しながら足し合わせたものになっていることを踏まえると、ひねくれずに考えるなら、\(|a_n|\)が大きい状態のほうが、見出される確率が高そうに思える。

さて、なら確率としては、\(|a_n|\)を採用すればいいだろうか。つまり、(3)式の電子のエネルギーが\(E_n\)として観測される確率が\(|a_n|\)としていいだろうか。

しかし、これだと理論としてあんまりうまくいかない。注意するのは、(3)の波動関数も、 \[\int|\psi(x,t)|^2dx=1\tag{4}\] という条件を満たさないといけないということだ。これの左辺に(3)を代入して計算してみると、 \begin{align} \int|\psi(x,t)|^2dx &= \int\psi^*(x,t)\psi(x,t)dx\\ &=\int\left(\sum_na_n^*\psi_n^*(x)e^{\frac{i}{\hbar}E_nt}\right)\left(\sum_ma_m\psi_m(x)e^{-\frac{i}{\hbar}E_mt}\right)dx\\ &=\sum_n\sum_ma_n^*a_m\int\psi_n^*(x)\psi_m(x)dx\\ &=\sum_n\sum_ma_n^*a_m\delta_{nm}\\ &=\sum_n|a_n|^2 \end{align} つまり、規格化条件は \[\sum_n|a_n|^2 = 1\tag{5}\] となっているのだ。この事実から考えると、\(|a_n|\)というよりもむしろ\(|a_n|^2\)が確率としてふさわしそうな感じがする。

そこで、量子力学では、(3)式のように展開された波動関数によって表される電子のエネルギーを観測したときに、\(E_n\)というエネルギーが観測される確率は\(|a_n|^2\)である、と考える。

ただの仮定ではあるのだが、これだと理論もすっきりするし、実際実験ともあっていることが示されたからこう考えるのが今の標準になっている。

2.確定した状態の重ね合わせ

上の議論は、波動関数が(2)のシュレディンガー方程式を満たし、その解が一般に(3)式のような重ね合わせで表されるというところから出発した。で、結局\(|a_n|^2\)が\(E_n\)というエネルギーが観測される確率だと考えることにしたのだが、これは \[\psi(x,t)=\psi_2(x)e^{-\frac{i}{\hbar}E_2t}\tag{6}\] のように、波動関数があるエネルギーの固有状態そのものになっているときには、エネルギーの観測値は必ず\(E_2\)になるということを意味している。ここに確率的な要素はなにも絡まない。(実際に実験でこういう状態を作り出せるかどうかは別にして。)

つまり、(6)のような波動関数は、エネルギーの確定した状態なのだ。

このように考えると、 \[\psi(x,t)=\sum_na_n\psi_n(x)e^{-\frac{i}{\hbar}E_nt}\tag{3再掲}\] というような波動関数は、ただの微分方程式の一般解という物理的な意味の乏しいものよりも、「エネルギーの確定した状態」によってある波動関数を展開したものである、と考える事ができる。そして、その展開係数\(a_n\)の絶対値の2乗が、そのエネルギー状態を見出す確率になっているのだ。

このことを踏まえて、色々な場合について考えてみよう。

2.連続したエネルギーの場合

自由粒子のように、エネルギーが離散的でなくて、連続的になっている場合もありうる。そのような場合には、波動関数も連続的に変化するから、エネルギー固有値\(E\)をもつ(2)式の解を\(\psi_E(x)\)と書くことにしよう。

こういう連続した固有値をもつ場合には、\(\psi_E\)という「エネルギーが確定した状態」を使って、ある波動関数\(\psi(x,t)\)を次のように展開することができるだろう。 \[\psi(x,t)=\int_{-\infty}^{\infty} A(E)\psi_E(x)e^{-\frac{i}{\hbar}Et}dE\tag{7}\] ということで、この場合も上でやったのと同じように、\(\psi_E\)にかかっている係数の絶対値の二乗、 \[\left|A(E)\exp\left(-\frac{i}{\hbar}Et\right)\right|^2 = |A(E)|^2\tag{8}\] がエネルギーが\(E\)となる確率であると考える。ただし今考えている\(E\)というのは連続した値をとるから、この言い方は正しくなくて \[|A(E)|^2dE\] が\(E\)における確率密度である、と言わないといけないな。つまりこれが、電子がエネルギー\(E\)~\(E+dE\)を取る確率であると考えるのだ。

実際離散エネルギーの場合の(5)式のような関係が成り立っているか確かめてみよう。波動関数\(\psi_E(x)\)はEについて規格化されているとすると、 \begin{align} \int |\psi(x,t)|^2 dx &= \int dx \left(\int A(E)\psi_E(x)e^{-\frac{i}{\hbar}Et}dE\right)^*\left(\int A(E')\psi_{E'}(x)e^{-\frac{i}{\hbar}E't}dE'\right) \\ &= \int dx \int dE \int dE' A^*(E)A(E')\psi_E^*(x)\psi_{E'}(x)e^{\frac{i}{\hbar}(E-E')t} \\ &= \int dE \int dE' A^*(E)A(E')\left(\int\psi_E^*(x)\psi_{E'}(x)dx\right)e^{\frac{i}{\hbar}(E-E')t} \\ &= \int dE \int dE' A^*(E)A(E')\delta(E-E')e^{\frac{i}{\hbar}(E-E')t} \\ &= \int |A(E)|^2 dE \end{align} となるが、一方で、 \[\int |\psi(x,t)|^2 dx = 1\] なので、連続したエネルギーの場合については、 \[\int |A(E)|^2 dE = 1\tag{9}\] が成り立っている。この(9)式は\(|A(E)|^2\)をエネルギーに関する確率密度と考えてよい、ということを後押ししていると考えられるだろう。

3.運動量

次は運動量だ。上の議論を踏まえて、運動量についても、「運動量の確定した状態」によって波動関数を展開した時の展開係数が、運動量がある値をとる確率であると考える。

運動量の確定した状態、とはどんなものだろうか。

運動量が確定している、ということは空間のどこで電子を見つけたとしても、必ずある運動量をもつだろう。波で考えれば、空間のどこで測っても、波の速度がある一定の値になっているはずだ。こういう波はどういう波かというと、

平面波

というのがあって、式で表すなら、 \[e^{ikx}\] という形の波だ。ドブロイの関係式\(p=\hbar k\)によって書き直すと、この波は \[\phi_p(x)=e^{\frac{i}{\hbar}px}\tag{9}\] となり、これが運動量が\(p\)という値に確定している状態だと考える。これまでと同じようにさっそくこの(9)の平面波によって波動関数を展開したいところなんだが、実は少しやらないといけない事がある。

それは(9)を\(p\)について規格化するという作業だ。連続固有値の波動関数規格化で書いたように、(9)を規格化した形にすると、 \[\phi_p(x)=\frac{1}{\sqrt{h}}e^{\frac{i}{\hbar}px}\tag{10}\] である。これによって適当な波動関数\(\psi(x)\)というのを展開して、 \[\psi(x) = \int A(p)\phi_p(x)dp\tag{10}\] となったとき、ここまでの議論と同じように考えるなら、この\(A(p)\)の絶対値の二乗\(|A(p)|^2\)が確率密度だと解釈するのが自然だろう。

4.一般論

エネルギーと運動量の例を見てきたが、より一般的に、ある物理量\(f\)の確率も、「その物理量の値が確定した状態」によって、考えている系の波動関数を展開したときの展開係数によって与えられる。

で、「\(f\)の値が確定した状態」というのがどのようなものなのかが問題になる。

最初のほうに考えたように、エネルギーの確定した状態というのは、ハミルトニアン演算子\(\hat{H}\)の固有関数だった。さっきは至る所同じ速度を持っている状態として、運動量が確定した状態\(e^{ikx}\)を考えたが、実はこの波動関数は運動量演算子\(\hat{p}=-i\hbar\frac{\partial}{\partial x}\)の固有関数になっている。実際、 \[\hat{p}e^{ikx}=\hbar ke^{ikx}\] となることはすぐに確かめられて、確かに固有関数になっていることわかる。つまり、「ある量が確定した状態」というのは、それに対応する演算子の固有関数で表されるのだ。

この2つの例に励まされて、量子力学では、ある物理量\(f\)の確率は、それに対応する演算子\(\hat{F}\)の固有関数\(\phi_f\) (つまり\(\hat{F}\phi_f=f\phi_f\)を満たす関数) によって系の波動関数\(\psi\)を \[\psi(x)=\sum_f A(f)\phi_f~もしくは~\psi(x)=\int A(f)\phi_fdf\tag{11}\] のように展開したときの展開係数\(|A(f)|^2\)によって与えられる、と考える。


5.期待値

これで量子力学における確率の求め方が少しわかったと思うから、次は本題である期待値について考えよう。確率が\(|A(f)|^2\)で与えられるということは、\(f\)の期待値は (\(f\)が連続値を取るとして) \[\langle f\rangle=\int f|A(f)|^2df\tag{12}\] で求められる。これを変形していくと、\(\langle f\rangle=\int\psi^*\hat{F}\psi dx\)を示すことができるのだ。

ということで、実際にやってみよう。ある波動関数\(\psi\) (もちろんこれはシュレディンガー方程式を満たす関数である) を\(\phi_f\)で展開した時の展開係数\(A(f)\)を求めるのだが、これは \[A(f)=\int \phi_f^*\psi dx\tag{13}\] となる。ちょうどフーリエ変換\(\int\psi(x)e^{-ikx}dx\)に相当する式である。

そうしてこれを(13)に代入して計算していく。 \begin{align} \langle f\rangle&=\int df~f|A(f)|^2\\ &=\int df~f\left(\int \phi_f^*(x)\psi(x) dx\right)\left(\int \phi_f^*(x')\psi(x') dx'\right)^* \\ &=\int df~f\left(\int \phi_f^*(x)\psi(x) dx\right)\left(\int \phi_f(x')\psi^*(x') dx'\right)\\ &=\int df\left(\int \phi_f^*(x)\psi(x) dx\right)\left(\int f\phi_f(x')\psi^*(x') dx'\right)\\ &=\int df\left(\int \phi_f^*(x)\psi(x) dx\right)\left(\int \hat{F}\phi_f(x')\psi^*(x') dx'\right)\\ &=\int dx' \int df \hat{F}\phi_f(x')\left(\int \phi_f^*(x)\psi(x)dx\right) \psi^*(x')\\ &=\int dx' \hat{F}\int df \phi_f(x')\left(\int \phi_f^*(x)\psi(x)dx\right) \psi^*(x')\\ &=\int dx' \hat{F}\psi(x)\psi^*(x')\tag{14} \end{align} 途中の変形では、\(\phi_f(x)\)の完全性 \[\psi(x)=\int df \phi_f(x')\left(\int \phi_f^*(x)\psi(x)dx\right)\] を使った。(14)の結果を少し並び替えてあげれば、 \[\langle f\rangle = \int\psi^*(x)\hat{F}\psi(x) dx\tag{15}\] となる。
少し長くなってしまったが、期待値がなぜ(15)のように表すことができるのか、ということについてまとめて書けて満足だ。

大事なことは、\(\psi\)を演算子の固有関数で展開したときの展開係数が確率を表すということだ。これがわかっていれば、量子力学の理解がかなり進むだろう。