1.行列力学のまとめ
\[
\left\{\begin{align}
\dot{x}&=\frac{1}{i\hbar}[x,H] \\
\dot{p}&=\frac{1}{i\hbar}[p,H] \\
xp-px&=i\hbar I
\end{align}\right. \tag{1}
\]
というのがハイゼンベルクの理論から出てきた運動方程式だった。\(x,p\)というは位置・運動量に相当する行列で、その時間変化の成分は指数関数で表されていた。どういうことだったかというと、時間には依存しない\(X,P\)という行列を使うと
\[x_{mn}(t)=X_{mn}e^{i\omega_{mn}t}\tag{2}\]
のように書けた。
今回は、ハミルトニアンが次のような
\[H(x,p)=\frac{p^2}{2m}+\frac{k}{2}x^2\tag{3}\]
調和振動子を表すものだったときを考えようと思う。
(調和振動子のハミルトニアン = 運動エネルギー(\(p^2/2m\))+位置エネルギー(\(kx^2/2\))。kはバネ定数とも呼ばれる定数だ。)
2.計算
早速計算を進めていく。とはいったものの、前回せっかく(1)のようなきれいな形式に書き換えたが、今回は
\[
\left\{\begin{align}
\dot{x}&=\frac{\partial H}{\partial p} \\
\dot{p}&=-\frac{\partial H}{\partial x}
\end{align}\right. \tag{4}
\]
を使おうと思う。(1)は理論をきれいにするために微分を交換子で書き換えただけだから、こっちのほうが簡単ならこっちを使ったほうがいい。
で、計算すると
\[
\left\{\begin{align}
\dot{x}&= \frac{p}{m}\\
\dot{p}&=-\frac{x}{k}
\end{align}\right. \tag{5}
\]
となって、結局
\[\frac{d^2x}{dt^2}=-\frac{k}{m}x\tag{6}\]
ということになる。こうなるならニュートンの\(F=ma\)から始めてもよかった...。まあそんなことはおいておいて、いつも単振動の問題を解くときと同じように
\[\Omega^2=\frac{k}{m}\tag{7}\]
とおくと計算が簡単になるから、
\[\frac{d^2x}{dt^2}=-\Omega^2 x\tag{8}\]
となる。ここまでは古典力学と全く一緒だ。しかしここからはちょっと違ってくる。\(x_{mn}(t)=X_{mn}e^{i\omega_{mn}t}\)であったことを思い出して(8)を成分表示してやると
\[-\omega_{mn}^2X_{mn}=-\Omega^2 X_{mn}\tag{9}\]
つまり
\[(\omega_{mn}^2-\Omega^2)X_{mn}=0\tag{10}\]
がすべての\(m,n\)について成り立つということがわかる。これだけだとすぐにはわからないから、さて、少し考えてみよう。
まず、一つの\(m\)を固定して考えたときに、そこの行\(X_{mn}\)がすべて0になってしまうと、交換関係\([x,p]=i\hbar I\)が成り立たなくなってしまうからだめだ。だから、\(X\)の各行はすべて少なくとも1つは0でない場所がある。
次に、振動数について考えよう。ある一つの組み合わせ\(a\lt b\)について\(\omega_{ab}=\Omega\)となっていたとする。\(a<b\)としたのは、どうせ\(\omega_{ab}=-\omega_{ba}\)のような対称関係があるからだ。だから、すぐにわかるように\(\omega_{ba}=-\Omega\)である。また、適当に取ってきた\(a\lt c\neq b\)について、Rydbergの振動数同士の関係、
\[\omega_{ab}+\omega_{bc}=\omega_{ac}\]
が成り立っていることから、違う量子数\(b,c\)に属する定常状態のエネルギーが違うと考えると、\(\omega_{bc}\neq 0\)なので、\(\omega_{ac}\neq \pm\Omega\)になる。
さらにここで(10)式に戻って考えると、\(\omega_{ac}\neq \pm\Omega\)なら、\(X_{ac}\)が0になる。
以上からわかることは、
\(X_{mn}\)は一つの行の\(m\lt n\)となるような範囲の中に、ゼロでない成分を1つだけ持つ(*)ということだ。つまり実はほとんどの成分が0になるということがわかったが、しかし、具体的にどこが0でないかはまだよくわからない。
3.行列\(X\)を求める
\(X_{mn}\)の成分のうちゼロでない部分を探してやるのに、交換関係をつかってみよう。
\[xp-px=i\hbar I\tag{11}\]
において、今回の場合は\(p=m\dot{x}\)なので、
\[x\dot{x}-\dot{x}x=\frac{i\hbar}{m} I\tag{12}\]
となる。成分表示してやると、\((\dot{x})_{mn}=i\omega_{mn}x_{mn}\)であることを使って、
\[\sum_{k}X_{mk}\omega_{kn}X_{kn}-\sum_{k}X_{mk}\omega_{mk}X_{kn} = \frac{\hbar}{m} \delta_{mn}\tag{13}\]
となる。特に対角成分\(n=m\)を考えると、
\[\sum_{k}X_{nk}\omega_{kn}X_{kn}-\sum_{k}X_{nk}\omega_{nk}X_{kn} = \frac{\hbar}{m} \tag{14}\]
である。さらに、\(X\)のエルミート性\(X_{nk}=X_{kn}^*\)と振動数の性質\(\omega_{nk}=-\omega_{kn}\)によって、
\[\sum_{k}\omega_{nk}|X_{nk}|^2 = \frac{\hbar}{2m}\tag{15}\]
となる。さっきわかったように、\(X_{nk}\)は\(n\lt k\)となる範囲に1つだけ値を持つのだった。そこで、例えば\(n=1\)では\(k=k_1\)において\(X_{nk}\)が0でないとしよう。同じように、\(n=n\)では\(k=k_n\)で0でないとする。すると、\(k_a=n\)となるような\(a\)を用いて(15)のシグマは次のように書き下せる。
\[\Omega|X_{nk_n}|^2-\Omega|X_{k_a a}|^2=\frac{\hbar}{2m}\tag{16}\]
でもいつでも\(k_a=n\)となるような\(a\)があるとは限らないだろう。これがないということは、そういう\(n\)に対して
\[\Omega|X_{nk_n}|^2 = \frac{\hbar}{2m}\tag{17}\]
が成り立っているということだ。つまり、\(k_a=n\)となるような\(a\)がないようなnに対しては
\[|X_{nk_n}|^2 = \frac{\hbar}{2m\Omega}\tag{18}\]
が成り立っている。これで一つの振幅を求めることができた。
そこで、(18)で表すことができるnについて、ハミルトニアンの要素を求めてみよう。(3)のハミルトニアンを行列成分表示すると
\begin{align}
H_{nn}&=\frac{1}{2m}\sum_k p_{nk}p_{kn} + \frac{m\Omega^2}{2}\sum_k x_{nk}x_{kn} \\
&= \frac{m}{2}\sum_k \omega_{nk}\omega_{kn}X_{nk}X_{kn} + \frac{m\Omega^2}{2}\sum_k X_{nk}X_{kn} \\
&= \frac{m}{2} \Omega^2 |X_{nk_n}|^2 + \frac{m\Omega^2}{2}|X_{nk_n}|^2 \\
&= \frac{1}{2}\hbar\Omega \tag{19}
\end{align}
となる。行列力学のハミルトニアンというのは、対角成分だけが時間要素を含まない形(\(e^{i\omega_{nn}t}=1\))となっているから、この対角成分が定常状態のエネルギーだと解釈する。この考えに従うと、今求めた\(H_{nn}\)というのは、ある量子数\(n\)によって決まる定常状態のエネルギーである。
しかし、この(19)というのは\(n\)に依存しない形になっている。さっき、違う量子数に属する定常状態のエネルギーは異なるという仮定をしたことを思い出すと、(19)式のようになる\(n\)というのは1つしかありってはいけない。
ここで行列を思い浮かべてみると、\(n=1\)(一行目)のときは\(k_a=n\)となるような\(a\)は絶対にないことがわかる。したがって\(H_{11}\)は(19)で表すことができて、つまり、この一つの\(n\)というのは実は\(n=1\)だったことがわかる。
さらに、\(k_1\)がどうなるかというを考えよう。もし\(k_1\gt 2\)だったら、\(X_{21}=0\)になってしまい、よって2行目も(19)式で表せることになってしまう。ということは\(k_1=2\)であることがわかるのだ。
よって、
\[|X_{12}|^2 = \frac{\hbar}{2m\Omega}\tag{20}\]
でまずは一行目に0でない成分がどこにあるか、ということとその大きさがわかった。
ここからはそんなにも難しくない。次は順番で、2行目の0でない成分を探すわけだが、これも、もし\(k_2\gt 3\)だったら3行目が(19)で表されることになってしまうからだめで\(k_2=3\)だ。3行目も同じ論法によって\(k_3=4\)である。このようにすると、
\[X_{n,n+1} = X_{n+1,n}^*\tag{21}\]
だけが0でないことになる。つまり(16)は
\[|X_{n,n+1}|^2-|X_{n-1,n}|^2=\frac{\hbar}{2m\Omega} \tag{22}\]
と書き直される。この(22)は漸化式として捉えられる。つまり、\(A_n=X_{n,n+1}\)とすると、
\[A_n=\frac{\hbar}{2m\Omega} + A_{n-1}\tag{23}\]
となり、これは等差数列になる。(20)から初項\(A_1=\frac{\hbar}{2m\Omega}\)なのだから、
\[A_n=\frac{\hbar}{2m\Omega}n\tag{24}\]
となり、したがって、
\[|X_{n,n+1}|^2 = \frac{\hbar}{2m\Omega}n \tag{25}\]
である!これ以外の\(X_{mn}\)は全部0だ。そこでかっこよくまとめると
\[|X_{nk}|^2=\left\{\begin{align}
&\frac{\hbar}{2m\Omega}n & (|n-k|=1)&\\
&0 &(\text{otherwise})&\end{align}\right.\tag{26}
\]
4.運動量の行列・ハミルトニアンの行列
位置Xを行列表示したときの各成分の大きさは求めることができたが、(26)式からはXの位相が決まらない。
この位相が決まらない、というのは結構困るんだが、とりあえずXの位相は0にしてしまう。今回の問題で重要なのはXとPの位相差だから、Xを基準とするのだ。(適当に言っただけです。ここのところは本当にこれでいいのかどうかはよくわからないです。すいません。)
ともかく、そうすると、
\[X_{nk}=\left\{\begin{align}
&\sqrt{\frac{\hbar}{2m\Omega}}\sqrt{n} & (|n-k|=1)&\\
&0 &(\text{otherwise})&\end{align}\right.\tag{26}
\]
となって、行列形式では、
\[X=\sqrt{\frac{\hbar}{2m\Omega}}\left(\begin{array}{cccccc}
0&\sqrt{1}&0&0&0&\cdots\\
\sqrt{1}&0&\sqrt{2}&0&0&\cdots\\
0&\sqrt{2}&0&\sqrt{3}&0&\cdots\\
0&0&\sqrt{3}&0&\sqrt{4}&\cdots\\
0&0&0&\sqrt{4}&0&\cdots\\
\vdots&\vdots&\vdots&\vdots&\vdots&\ddots
\end{array}\right)
\]
のようになる。さらに運動量は\(p=m\dot{x}\)だから、
\[P=i\sqrt{\frac{m\hbar\Omega}{2}}\left(\begin{array}{cccccc}
0&-\sqrt{1}&0&0&0&\cdots\\
\sqrt{1}&0&-\sqrt{2}&0&0&\cdots\\
0&\sqrt{2}&0&-\sqrt{3}&0&\cdots\\
0&0&\sqrt{3}&0&-\sqrt{4}&\cdots\\
0&0&0&\sqrt{4}&0&\cdots\\
\vdots&\vdots&\vdots&\vdots&\vdots&\ddots
\end{array}\right)
\]
ハミルトニアンも計算してやると、
\[E_n=H_{nn}=\hbar\Omega\left(n-\frac{1}{2}\right)\]
となって、よく見る調和振動子のエネルギーを得ることができた。
5.感想
がんばってハイゼンベルクの行列力学で調和振動子を解いてみたけれども、確かにシュレディンガー方程式を使うときよりもとんでもなく難しかったし、煩雑だった。これがハイゼンベルク形式の量子力学が学校で教えられない原因なんだな、ということがよくわかった。しかも解いて出てきた位置や運動量の意味はまるでわからないし。
あ、そうそう、ハイゼンベルク形式を組み立てた時点では\(m,n\)は別に負の整数でも構わなかった。しかし、\(|X_{mn}|^2\)が等差数列をなすというところから、負の整数を使わなくてもいいということになるのだけ言っておこう。気になるかもしれないからな。
次回はもう少しわかりやすい形式にハイゼンベルク形式をまとめていこうと思う。