1.角運動量演算子の交換関係
角運動量演算子\(\hat{l_x},\hat{l_y},\hat{l_z}\)は以下のような交換関係を満たす。
\[[\hat{l}_x,\hat{l}_y]=i\hbar\hat{l}_z,~[\hat{l}_z,\hat{l}_x]=i\hbar\hat{l}_y,~[\hat{l}_y,\hat{l}_z]=i\hbar\hat{l}_x\tag{1}\]
このことはとりあえず認めることにして、今回はこの交換関係だけからこれらの演算子の固有状態に関して考えていく。
2.角運動量の大きさ
角運動量の大きさを表す演算子は、次のように表せるだろう。
\[\hat{l}^2=\hat{l}_x^2+\hat{l}_y^2+\hat{l}_z^2\]
この演算子とそれぞれの成分との交換関係を調べてみる。例えば\(\hat{l}_x\)について計算してみよう。
\begin{align}
[\hat{l}^2,\hat{l}_x]&=[\hat{l}_x^2+\hat{l}_y^2+\hat{l}_z^2,\hat{l}_x]\\
&=[\hat{l}_x^2,\hat{l}_x]+[\hat{l}_y^2,\hat{l}_x]+[\hat{l}_z^2,\hat{l}_x]\\
&=[\hat{l}_y^2,\hat{l}_x]+[\hat{l}_z^2,\hat{l}_x]
\end{align}
最初の\(\hat{l}_x\)同士の項は当然の事ながら消えてしまう。あとの項については、
\begin{align}
[\hat{l}_y^2,\hat{l}_x] &= \hat{l}_y^2\hat{l}_x - \hat{l}_x\hat{l}_y^2\\
&= \hat{l}_y^2\hat{l}_x - \hat{l}_y\hat{l}_x\hat{l}_y +\hat{l}_y\hat{l}_x\hat{l}_y - \hat{l}_x\hat{l}_y^2\\
&= \hat{l}_y[\hat{l}_y,\hat{l}_x] - [\hat{l}_y,\hat{l}_x]\hat{l}_y \\
&= \hat{l}_y\left(-i\hbar\hat{l}_z\right) - \left(-i\hbar\hat{l}_z\right)\hat{l}_y\\
&= -i\hbar[\hat{l}_y,\hat{l}_z]\\
&= \hbar^2\hat{l}_x
\end{align}
のような変形ができる。同様な計算をすれば
\[[\hat{l}_z^2,\hat{l}_x] = -\hbar^2\hat{l}_x\]
も示すことができるので、よって、
\[[\hat{l}^2,\hat{l}_x] = 0\tag{2}\]
であるといえる。他の成分も同じ関係式を満たすだろう。つまり、\(\hat{l}^2\)と角運動量演算子の各成分は交換するのである。
一般論から、可換な演算子には、それらに対して同時に固有状態となる状態\(\ket{\alpha}\)が存在する。縮退がないときには結構簡単に証明できる事実だ。
ということで、例えば\(\hat{l}^2,\hat{l}_z\)という2つの演算子は(2)から可換であることが言えるので、これらの演算子に対して同時に固有状態となっている状態を考えることが可能である。
そこでここからは\(\hat{l}^2,\hat{l}_z\)に対してそれぞれ固有値\(\lambda,\mu\)を持つ状態のことを、\(\ket{\lambda \mu}\)と書くことにしよう。 (別に\(\hat{l}_x,\hat{l}_y\)を使っても全然いいんだが、教科書では大体z軸を基準にしていることが多いからそれで書いていく。)
3.昇降演算子
ここまでで\(\ket{\lambda m}\)という状態があることが分かったが、それだけでは全然解いたことにはならない。次はこの固有値が具体的にどんな値になるのかを考えよう。それには正攻法では難しいから、
前回生成演算子と消滅演算子を使って調和振動子を解いた方法と同じように、すこし見方を変えて計算していく。
まずは2つの演算子\(\hat{l}_z^+,\hat{l}_z^-\)を次のように定義する。
\begin{align}
\hat{l}_z^+&=\hat{l}_x+i\hat{l}_y\\
\hat{l}_z^-&=\hat{l}_x-i\hat{l}_y
\end{align}
この2つの演算子を定義してしまえば、あとはほとんど調和振動子のときとおんなじような感じで解ける。まずはこれらの演算子の性質について、前回と同じように交換関係から調べてみよう。
\begin{align}
[\hat{l}_z, \hat{l}_z^+] &= [\hat{l}_z, \hat{l}_x] + i[\hat{l}_z, \hat{l}_y] \\
&= i\hbar\hat{l}_y + i\left(-i\hbar\hat{l}_x\right)\\
&= \hbar\hat{l}_z^+\\
[\hat{l}_z, \hat{l}_z^-] &= [\hat{l}_z, \hat{l}_x] - i[\hat{l}_z, \hat{l}_y] \\
&= i\hbar\hat{l}_y - i\left(-i\hbar\hat{l}_x\right)\\
&= -\hbar\hat{l}_z^-
\end{align}
さて、交換関係がわかったので、例えば\(\hat{l}_z\hat{l}_z^+\ket{\lambda\mu}\)でも計算してみる。
\begin{align}
\hat{l}_z\hat{l}_z^+\ket{\lambda\mu} &= \left(\hat{l}_z^+\hat{l}_z+\hbar\hat{l}_z^+\right)\ket{\lambda\mu}\\
&=\hat{l}_z^+\left(\hat{l}_z+\hbar\right)\ket{\lambda\mu}\\
&=\hat{l}_z^+\left(\mu+\hbar\right)\ket{\lambda\mu}\\
&=\left(\mu+\hbar\right)\hat{l}_z^+\ket{\lambda\mu}
\end{align}
この式は何を表しているかというと、
\[\hat{l}_z\left(\hat{l}_z^+\ket{\lambda\mu}\right) = \left(\mu+\hbar\right)\left(\hat{l}_z^+\ket{\lambda\mu}\right)\tag{3}\]
のようにみると、その意味が明らかになる。\(\hat{l}_z^+\ket{\lambda\mu}\)という状態は、\(\hat{l}_z\)に対して固有値\(\mu+\hbar\)をもつ状態を表しているのわけだ。つまり、適当な定数\(c\)をつかって、
\[\hat{l}_z^+\ket{\lambda\mu} = c\ket{\lambda,\mu+\hbar}\tag{4}\]
と書けることがわかる。同じような計算によって、
\[\hat{l}_z^-\ket{\lambda\mu} = c\ket{\lambda,\mu-\hbar}\tag{5}\]
も示せる。このように、演算子\(\hat{l}_z^+,\hat{l}_z^-\)は\(\hat{l}_z\)の固有値を上げたり下げたりできるので、
昇降演算子
と呼ばれる。
4.\(\hat{l}_z\)の固有値\(\mu\)の下限と上限
\(\mu\)を増やしたり減らしたりできるようになったわけだが、\(\mu\)には上限や下限はないだろうか。
そこで\(\hat{l}_z^+\ket{\lambda\mu}\)の「長さ」を計算してみよう。長さは必ず0以上だから、その条件から何か言えるかもしれないのだ。\(\hat{l}_z^+\ket{\lambda\mu}\)の長さは、その随伴\(\bra{\lambda\mu}\hat{l}_z^-\)をかけることで得られるから、
\[
\bra{\lambda\mu}\hat{l}_z^-\hat{l}_z^+\ket{\lambda\mu} \geq 0
\]
ここで
\begin{align}
\hat{l}_z^-\hat{l}_z^+ &= \left(\hat{l}_x-i\hat{l}_y\right)\left(\hat{l}_x+i\hat{l}_y\right)\\
&= \hat{l}_x^2 +\hat{l}_y^2 + i\hat{l}_x\hat{l}_y-i\hat{l}_y\hat{l}_x \\
&= \hat{l}^2 -\hat{l}_z^2+ i[\hat{l}_x,\hat{l}_y] \\
&= \hat{l}^2 -\hat{l}_z^2- \hbar\hat{l}_z
\end{align}
なので、これを上の不等式に代入すると、
\begin{align}
\bra{\lambda\mu}\left(\hat{l}^2 -\hat{l}_z^2+\hbar\hat{l}_z\right)\ket{\lambda\mu} &\geq 0 \\
\bra{\lambda\mu}\left(\lambda -\mu^2 - \hbar\mu\right)\ket{\lambda\mu} &\geq 0\\
\left(\lambda -\mu^2 - \hbar\mu\right)\braket{\lambda\mu}{\lambda\mu} &\geq 0\tag{6}
\end{align}
となる。
\(\braket{\lambda\mu}{\lambda\mu}\)は必ず0以上である。だから\(\braket{\lambda\mu}{\lambda\mu}\)が0でないときに、(6)が成り立つためには\(\lambda -\mu^2 - \hbar\mu\)が必ず0以上でないといけない。したがって、
\[\lambda \geq \mu^2 + \hbar\mu\tag{7}\]
であり、これが\(\mu\)の上限を示す式である。また、\(\hat{l}_z^-\ket{\lambda\mu}\)を考えて同様な計算をすれば、
\[-\lambda \leq \mu^2 + \hbar\mu\tag{8}\]
と\(\mu\)の下限を示す式が得られる。まとめると、
\[-\lambda \leq \mu(\mu + \hbar)\leq\lambda\tag{9}\]
となる。
5.固有値を決める。
(9)式を使いながら考えていくんだが、もう少し使いやすいように書き換えよう。(9)の一番右側と左側をみると、
\[-\lambda \leq\lambda\]
が成り立っていないといけないから、\(\lambda\geq 0\)であり、新しい変数\(\lambda'\geq 0\)を使って
\[\lambda=\lambda'(\lambda'+\hbar)\]
のように書くことができるはずだ。 (このようにすると不等式が扱いやすくなりそうだから。) この\(\lambda'\)を使うと(9)は、
\[-\lambda'(\lambda'+\hbar) \leq \mu(\mu + \hbar)\leq\lambda'(\lambda'+\hbar)\tag{9}\]
となる。これより、
\[-\lambda'\leq\mu\leq\lambda'\tag{10}\]
が言える。あとは調和振動子のときとおんなじような論法が使える。
つまり、\(\hat{l}_z^\pm\)によって\(\hat{l}_z^\pm \ket{\lambda\mu}\to\ket{\lambda,\mu\pm\hbar}\)のように、\(\pm\hbar\)の固有値をもつ状態を作り出せることに注意すると、\(\mu\)の最大値が\(\mu_\text{max}=\lambda'\)、\(\mu\)の最小値が\(\mu_\text{min}=-\lambda'\)でない限り、(10)と矛盾する結果が得られてしまうのだ。
さらに\(\mu_\text{max}=\lambda'\),\(\mu_\text{min}=-\lambda'\)であるならば、\(\mu\)が\(\hbar\)の幅で飛び飛びに作り出されることから、\(\lambda'\)は必ず\(\hbar\)の (0以上の) 整数倍であることが期待される。 (0以上というのはさっき\(\lambda'\)を定義したときの条件) したがって、\(\lambda'\)は
\[\lambda'=l\hbar~~~(l=0,1,2,...)\tag{11}\]
とかけるはずだ。また、\(\mu\)は今までの議論を踏まえると、次のように\(-l\leq m\leq l\)という整数\(m\)を使って書けるはずである。 (なぜならそれ以外の半端な\(\mu\)が紛れ込んでいると、(10)の条件を満たせなくなるから。)
\[\mu=m\hbar~~~\left(m=-l,-(l-1),...,0,...,(l-1),l\right) \tag{12}\]
これで固有値を決めることができた。
ここまで\(\ket{\lambda\mu}\)を使って角運動量演算子\(\hat{l}^2,\hat{l}_z\)の同時固有状態を表してきたが、通常は(11),(12)の整数\(l,m\)をつかって\(\ket{lm}\)と表すことが多いだろうから、それを使ってまとめておこう。
角運動量演算子\(\hat{l}^2,\hat{l}_z\)の同時固有状態\(\ket{lm}\)は
\begin{align}
\hat{l}^2\ket{lm} &= l(l+1)\hbar &(l=0,1,2,\ldots)\\
\hat{l}_z\ket{lm} &= m\hbar &\left(m=-l,-(l-1),\ldots,0,\ldots,(l-1),l\right)
\end{align}
を満たす状態である。
6.見逃していた可能性
(11)式を導くときに、見逃していたところがあるのだが、気づいただろうか。
「\(\mu_\text{max}=\lambda'\),\(\mu_\text{min}=-\lambda'\)ならば、\(\lambda'=l\hbar\)の\(l\)が整数となっていることが期待される」、と書いたが、実はそれ以外にも可能である。それは\(l=1/2,3/2,\ldots\)のような半整数だ。これを使っても、\(\mu\)の最小値と最大値の条件に関して特に矛盾が起きないことはすぐにわかるだろう。
交換関係から導き出される\(l=1/2,3/2,\ldots\)という解は、当初 (おそらく) 物理的には意味のないものであると考えられていた。シュレディンガー方程式の球対称な解が、\(l\)が整数だけをとる球面調和関数であったことからそのように考えられたのだろう。さらに、球面調和関数は角度成分について完全系をなしていて、他の固有関数が入る余地もなさそうだったのだ。
しかし、色々な実験がなされていくにつれ、\(l=1/2,3/2,\ldots\)という可能性を取り入れなければ説明できない現象が現れ始めた。それは現在では
スピン
と呼ばれるものである。このような\(l\)に対しては、波動関数を書くことができない。(少なくとも僕の知る範囲では。もしかしたらできる人もいるかもしれないが。考えてみるのも面白いだろう。)