1.電気双極子モーメント
よく演習なんかで出てくるように、座標原点におかれた電気双極子\(\b{p}\)は、十分遠方でみると、
\[\phi(\b{r})=\frac{\b{p}\cdot\b{r}}{4\pi\epsilon_0 r^3}\]
という静電ポテンシャルを作る。これを導出するには、\(r'\ll r\)のときに
\[\frac{1}{|\b{r}-\b{r'}|}\approx \frac{1}{r}-\frac{r'}{r^2}\cos\theta\]
という近似を使うのだが、これをもっと一般に行うことはできないだろうか。
ということで、今回は下の図のように、任意の電荷分布が作るポテンシャルが遠方でどのように近似されるかについて考えていく。

2.ルジャンドル多項式による多重極展開
さて、今から考えるのは、任意の電荷分布\(\rho(\b{r}')\)が作るポテンシャル
\[\phi(\b{r})=\frac{1}{4\pi\epsilon_0}\int d\b{r}'\frac{\rho(\b{r}')}{|\b{r}-\b{r}'|}\tag{1}\]
が\(r'\ll r\)のときにどのように近似されるか、ということだ。なので\((r'/r)^n\)によって上の式を展開したいのだが、これには
ポテンシャルの近似展開とルジャンドル多項式で書いたように、
ルジャンドル多項式
というのを使う。ルジャンドル多項式とは、
\[P_n(x)=\sum_{k=0}^{\lfloor \frac{n}{2}\rfloor}\frac{(2n-2k)!}{2^n n!(n-k)!(n-2k)!}(-1)^k x^{n-2k}\tag{2}\]
という多項式たちのことで、これを使うことによって、
\[\frac{1}{|\b{r}-\b{r}'|}=\frac{1}{r}\sum_{n=0}^{\infty}P_n(\cos\theta)\left(\frac{r'}{r}\right)^n\tag{3}\]
のような展開が行える。\(\theta\)というのは上の図で示したように\(\b{r},\b{r}'\)の間の角度である。だから
\[\cos\theta=\frac{\b{r}\cdot\b{r}'}{rr'}\]
と書けることに注意しておこう。
(3)を(1)に代入すると、
\[\phi(\b{r})=\frac{1}{4\pi\epsilon_0}\sum_{n=0}^{\infty}\frac{1}{r^{n+1}}\int d\b{r}'\rho(\b{r}')P_n(\cos\theta)r'^n\tag{4}\]
が得られる。これが
多重極展開
である。この和のそれぞれの項
\begin{align}
\phi_0(\b{r})&=\frac{1}{4\pi\epsilon_0r}\int d\b{r}'\rho(\b{r}')P_0(\cos\theta)\\
\phi_1(\b{r})&=\frac{1}{4\pi\epsilon_0r^2}\int d\b{r}'\rho(\b{r}')P_1(\cos\theta)r'\\
\phi_2(\b{r})&=\frac{1}{4\pi\epsilon_0r^3}\int d\b{r}'\rho(\b{r}')P_2(\cos\theta)r'^2\\
&\vdots
\end{align}
がそれぞれ電気単極子、双極子、四極子、...によって作られる静電ポテンシャルを表している。
3.具体的な形
0次の項は
\[P_0(x)=1\]
なので、
\[\phi_0(\b{r})=\frac{1}{4\pi\epsilon_0r}\int d\b{r}'\rho(\b{r}')\]
であり、全電荷を\(q=\int d\b{r}'\rho(\b{r}')\)とすれば、
\[\phi_0(\b{r})=\frac{q}{4\pi\epsilon_0r}\tag{5}\]
となる。これは普通の点電荷による静電ポテンシャルと同じだ。
1次の項は、
\[P_1(x)=x\]
なので、
\begin{align}
\phi_1(\b{r})&=\frac{1}{4\pi\epsilon_0r^2}\int d\b{r}'\rho(\b{r}')\cos\theta r' \\
&=\frac{1}{4\pi\epsilon_0r^2}\int d\b{r}'\rho(\b{r}') \frac{\b{r}\cdot\b{r}'}{rr'}r'\\
&=\frac{\b{r}}{4\pi\epsilon_0r^3}\cdot\int d\b{r}'\rho(\b{r}')\b{r}'
\end{align}
となる。ここで、\(\b{p}=\int d\b{r}'\rho(\b{r}')\b{r}'\)と定義すると、
\[\phi_1(\b{r})=\frac{\b{r}\cdot\b{p}}{4\pi\epsilon_0r^3}\tag{6}\]
が得られる。この\(\b{p}\)は
電気双極子モーメント
と呼ばれる量だ。任意の電荷分布がもつ双極子モーメントは、この(6)によって定義される。
2次の項は
\[P_2(x)=\frac{1}{2}(3x^2-1)\]
だから、
\begin{align}
\phi_2(\b{r})&=\frac{1}{8\pi\epsilon_0r^3}\int d\b{r}'\rho(\b{r}')(3\cos^2\theta-1)r'^2\\
&=\frac{1}{8\pi\epsilon_0r^3}\int d\b{r}'\rho(\b{r}')\left(3\left(\frac{\b{r}\cdot\b{r}'}{rr'}\right)^2-1\right)r'^2
\end{align}
さらに\(\b{r}=(x,y,z)\)、\(\b{r}'=(x',y',z')\)として計算を進めていく。
\begin{align}
\phi_2(\b{r})&=\frac{1}{8\pi\epsilon_0r^5}\int d\b{r}'\rho(\b{r}')\left(3\left(xx'+yy'+zz'\right)^2-(x^2+y^2+z^2)(x'^2+y'^2+z'^2)\right)\\
&=\frac{1}{8\pi\epsilon_0r^5}\int d\b{r}'\rho(\b{r}')\left(3\left(x^2x'^2+y^2y'^2+z^2z'^2+2xx'yy'+2yy'zz'+2zz'xx'\right)-(x^2x'^2+y^2y'^2+z^2z'^2+x^2y'^2+x^2z'^2+y^2x'^2+y^2z'^2+z^2x'^2+z^2y'^2)\right)
\end{align}
くらくらするくらい長い式になってしまった。でもこの多項式は二次形式になっているから、行列を使ってある程度簡単化できるはずだ。すこしやってみよう。そこでまず、\(x,y,z\)に関して整理する。
\[
3\left(x^2x'^2+y^2y'^2+z^2z'^2+2xx'yy'+2yy'zz'+2zz'xx'\right)-(x^2x'^2+y^2y'^2+z^2z'^2+x^2y'^2+x^2z'^2+y^2x'^2+y^2z'^2+z^2x'^2+z^2y'^2)\\
=x^2(2x'^2-y'^2-z'^2)+y^2(-x'^2+2y'^2-z'^2)+z^2(-x'^2-y'^2+2z'^2)+6xyx'y'+6yzy'z'+6zxz'x'
\]
ということで、
\[A(\b{r}')=\left(
\begin{array}{ccc}
2x'^2-y'^2-z'^2 & 3x'y' & 3x'z'\\
3y'x' & -x'^2+2y'^2-z'^2 & 3y'z'\\
3z'x' & 3z'y' & -x'^2-y'^2+2z'^2
\end{array}\right)
\tag{7}\]
という行列によって、(このような行列は座標系によって変化するが、そういうものを
テンソル
という)
\[\phi_2(\b{r})=\frac{1}{8\pi\epsilon_0r^5}\int d\b{r}'\rho(\b{r}')\b{r}^tA\b{r}\]
とかけることになる。(ただし\(\b{r}^t\)は\(\b{r}\)の転置を表す。)そこで、
\[Q=\frac{1}{2}\int d\b{r}'\rho(\b{r}')A(\b{r}')\tag{8}\]
というテンソルを定義する。これが
電気四極子モーメント
と呼ばれるテンソルである。この電気四極子モーメントを使うと、
\[\phi_2(\b{r})=\frac{\b{r}^tQ\b{r}}{4\pi\epsilon_0r^5}\tag{9}\]
となり、これが電気四極子のつくるポテンシャルを表すのだ。
4.一般の場合
例えば次の\(\phi_3(\b{r})\)はルジャンドル多項式\(P_3(x)\)が3次の多項式になるので、さっきよりもさらに複雑な計算をしないといけない。
\(\phi_3(\b{r})\)をつくる電荷分布は電気8極子と呼ばれるが、ここまでの計算をしてれば予想されるように、電気8極子は3階のテンソルによって記述されるものになるだろう。3次元空間の3階テンソルは3^3=27個の成分をもつはずだ。対称性があるにしても、もし計算した人がいたら結果を教えてほしいものだ。(もちろん専門書をあたれば結果はどこかに載っているはずなんだけど。)
とにかく、次数が上がれば上がるほど、その式は難しくなっていく。普通に式を書き表せるのは4極子モーメントまでだろう。色々と技術的な応用があるのも4極子モーメントまでが主で、8極子モーメントなんかそもそも観測するのが難しいらしい。
とにかくルジャンドル多項式を使う多重極展開で、これ以上を感覚的に取り扱うのはほとんど不可能だ。そこで次は強力な助っ人球面調和関数に登場してもらおう。