1.フレネ標構とは
3次元空間の曲線を色々と調べていくときに、もちろん普通の\(x,y,z\)座標やその基底ベクトル\(\b{e}_x,\b{e}_y,\b{e}_z\)を計算してもいいのだが、もっと便利なやり方はないだろうか。
というところで登場したのが
フレネ標構
である。フレネ標構とは、曲線の各点での接ベクトルと2つの法線ベクトルを考えて、それらを基底ベクトルのように扱うことで、曲線の解析を簡単にしたものだ。今回は、その一つ一つの基底ベクトルを紹介し、そのベクトルの変化を表す
フレネ-セレの式
を紹介する。導出が少し長いので、最初に結論だけ書いておこう。
\[
\frac{d}{ds}\left(\begin{array}{c} \b{t} \\ \b{n} \\ \b{b} \end{array}\right) =
\left( \begin{array}{ccc}
0 & \kappa & 0 \\
-\kappa & 0 & \tau \\
0 & -\tau & 0
\end{array} \right)
\left(\begin{array}{c} \b{t} \\ \b{n} \\ \b{b} \end{array}\right)
\]
\(\b{t},\b{n},\b{b}\)はそれぞれ曲線の接ベクトル・法線ベクトル・従法線ベクトルで、\(\kappa,\tau\)は曲線の形状から決まる関数である。
2.接ベクトル
三次元空間のある曲線\(\b{x}(s)\)の接ベクトル\(\b{t}\)は、パラメータsで微分すれば得られて、
\[\b{t}=\frac{d\b{x}}{ds}\]
である。\(s\)は曲線の弧長パラメータであり、
前回説明したようにこの場合、接ベクトルは自動的に単位ベクトルになる。
3.主法線ベクトル
続いて、曲線の法線ベクトルを考えていこう。曲線の接ベクトルは一本しかありえないので簡単だったが、3次元空間の曲線に対する法線ベクトルは無限にある。ちょっと想像すればわかるはず。曲線のある点で、接ベクトルに対して垂直なベクトルはそのまわりに無限に生やすことができる。
そういうことだから、一番「自然」な法線ベクトルを定義したいのだが、実は\(\b{x}(s)\)の2階微分が勝手に法線ベクトルになっているのだ。2階微分という簡単な計算によって、「自然」に出てくる法線ベクトルなので、これを
主法線ベクトル
と呼ぶ。
ちなみに、2階微分が接ベクトル\(\b{t}\)と直交することは簡単に示すことができる。やってみよう。さっき言ったように、接ベクトルの大きさは1だから、これを式にすると、
\[\frac{d\b{x}}{ds}\cdot\frac{d\b{x}}{ds} = 1\]
である。これの両辺をさらにsで微分してやると、(積の微分法則を使う)
\[\frac{d\b{x}}{ds}\cdot\frac{d^2\b{x}}{ds^2} = 0\]
となって、\(\frac{d^2\b{x}}{ds^2}\)というベクトルが接線ベクトルと直交していることがわかる。
注意しておかなければいけないのは、\(\b{x}(s)\)の1階微分は自動的に単位ベクトルになったが、2階微分は別に単位ベクトルでもなんでもないというところだ。そこで
主法線ベクトル
\(\b{n}\)としては普通、2階微分したベクトルをその大きさで割ったもの、すなわち、
\[\b{n} = \frac{1}{\kappa}\frac{d^2\b{x}}{ds^2} ~~~~~~~~ただし\kappa = \left|\frac{d^2\b{x}}{ds^2}\right| \]
で定義する。\(\kappa\)という記号でこのベクトルの大きさを書いたのには意味がある。実はこの量は曲線の曲率という量と全く同じなのだ。このことについてはそのうち説明する。
4. 従法線ベクトル
さっき主法線ベクトルを定義したので、接ベクトルと主法線ベクトルどちらともと直交するベクトルとして、
従法線ベクトル
\(\b{b}\)を次のように定義する。
\[\b{b}=\b{t}\times\b{n} \]
このようにすれば、\(\{\b{t},\b{n},\b{b}\}\)というベクトルの組は、この順番で右手系の正規直交基底になる。こいつらのことを
Frenet標構
と呼ぶ。
最初にも言ったように、この直交基底は曲線の位置、向きにあわせて動くので使いやすい。これからはこれを基準にして議論を深めていくことになる。まずはこれらのベクトルがどのように変化していくか考えよう。
5.Frenet-Serretの式
\(\{\b{t},\b{n},\b{b}\}\)の三本のベクトルがどのように変化していくか調べると、
Frenet-Serretの式
と呼ばれる方程式にたどり着く。
さっそく導出していこう。
フレネ標構の一つ一つを微分して、その様子を調べていく。まず\(\b{t}\)についてその微分は、
\[\b{t}' = \frac{d^2\b{x}}{ds^2} = \kappa \b{n} \tag{1}\]
と表すことができるのはいいだろう。
次に\(\b{n}\)の微分について。さっきと同じようにして、\(\b{n}\cdot\b{n}=1\)なので、両辺を微分すれば\(\b{n}\cdot\b{n}'=0\)となるから、\(\b{n}\)と\(\b{n}'\)は直交する。したがって、\(\b{n}\)は\(\b{t}\)と\(\b{b}\)の一次結合によって表すことができるはずだ。そこでひとまず
\[\b{n}'=\alpha\b{t}+\tau\b{b}\tag{2}\]
とおく。しかし実は\(\alpha\)は他の変数で表すことができる。どうやってやるかというと、こんな感じだ。
まず(2)から、
\[\b{n}'\cdot\b{t}=\alpha\tag{3}\]
であるし、(1)からは
\[\b{t}'\cdot\b{n}=\kappa\tag{4}\]
である。この2つの式を足し合わせると、
\[\b{n}'\cdot\b{t} + \b{n}\cdot\b{t}' = \alpha+\kappa\tag{5}\]
を得るが、この式の左辺は\(\b{n}\cdot\b{t}\)の微分と同じである。法線ベクトルと接ベクトルは常に直交しているのだから、当然
\[\b{n}\cdot\b{t}=0\Rightarrow(\b{n}\cdot\b{t})'=0 \]
であり、よって(5)から、
\[\alpha=-\kappa\tag{6}\]
である。
\(\tau\)のほうはどうしようもないので、そのままほうっておく。結局
\[\b{n}'=-\kappa\b{t}+\tau\b{b}\tag{7}\]
であることがいえた。
最後に\(\b{b}\)の微分についてだ。
\(\b{b}\)の定義式\(\b{b}=\b{t}\times\b{n}\)の両辺を微分してやれば、
\[\b{b}'=\b{t}'\times\b{n}+\b{t}\times\b{n}'\tag{8}\]
となるが、\(\b{t}'\)と\(\b{n}\)は平行なので、\(\b{t}'\times\b{n}=0\)である。よって、
\[\b{b}'=\b{t}\times\b{n}'\tag{9}\]
がいえる。さらに、\(\b{b}\cdot\b{b}=1\)だから、さっきと同じようにして、\(\b{b}\)と\(\b{b}'\)が直交することが言える。ということで、\(\b{b}'\)は\(\b{t}\)とも\(\b{b}\)とも直交することが分かった。
したがって、
\[\b{b}'=\beta\b{n}\tag{10}\]
という形で表すことができる。実は\(\beta\)も別の文字で表せるので、\(\alpha\)をやったときと同じような手法を使おう。
\[\b{b}\cdot\b{n}=0\]
から両辺を微分して、
\[\b{b}'\cdot\b{n}+\b{b}\cdot\b{n}'=0\]
となる。ところで(7)と(10)から、
\[\b{b}'\cdot\b{n}=\beta,\b{b}\cdot\b{n}'=\tau\]
なので、これを代入して、
\[\beta+\tau=0\Rightarrow\beta=-\tau\]
を得る。結局、
\[\b{b}'=-\tau\b{n}\tag{11}\]
であることが分かった。
これでフレネ標構全ての微分ができたので、材料が揃った。(1),(7),(10)の式を行列形式で1つにまとめたものを、
Frenet-Serretの式
と呼ぶ。以下のような式だ。
\[
\frac{d}{ds}\left(\begin{array}{c} \b{t} \\ \b{n} \\ \b{b} \end{array}\right) =
\left( \begin{array}{ccc}
0 & \kappa & 0 \\
-\kappa & 0 & \tau \\
0 & -\tau & 0
\end{array} \right)
\left(\begin{array}{c} \b{t} \\ \b{n} \\ \b{b} \end{array}\right)
\]
さっき\(\kappa\)は曲率と呼ばれることは少しだけ話したが、実は\(\tau\)にも直感的な意味付けをすることができる。次回からは\(\kappa\)や\(\tau\)がどのような図形的意味を持っているのかについて調べていこう。