1. Nearly Free Electron近似
前回は、原子軌道の重ね合わせを用いて結晶中の電子状態を近似する
強束縛近似
を導出したが、それと対になるのが
nearly free electron
近似である。
強束縛近似では、電子の波動関数が、ほとんど原子が単体で存在するときの波動関数と変わらないと考えた。それは、1電子ハミルトニアンを
\[H = -\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2 + V(\b{r})\]
と書いたとき、実際のポテンシャル\(V(\b{r})\)と、原子核が単体で作るポテンシャル\(V_a(\b{r})\)からとの「ズレ」\(\delta V(\b{r})\)がとても小さいと考えていることに相当する。
Nearly free electron 近似ではさらに、運動エネルギー\(\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2\)が\(V(\b{r})\)よりも十分大きいと考えて、\(V(\b{r})\)全体を摂動として扱ってしまう。\(V(\b{r})=0\)のハミルトニアンはポテンシャルエネルギーを全く感じない自由電子を表し、そこからすこしだけ\(V(\b{r})\)を加えたと考えるので、"nearly" free electronというわけだ。
個人的に「ほとんど自由な電子の近似」という日本語訳はかっこよくなくて嫌いなので、文章中は全て英語で書くことにした。
2. 自由電子
自由電子のハミルトニアン
\[H =- \frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2 \tag{1}\]
に対する固有関数は、
\[\varphi_\b{k}(\b{r}) = e^{i\b{k}\cdot\b{r}} \tag{2}\]
である。実際掛けてみれば、
\[H\varphi_\b{k}(\b{r}) = \frac{\hbar^2k^2}{2m}\varphi_\b{k}(\b{r})\]
と、固有値\(\frac{\hbar^2k^2}{2m}\)を持っていることがわかる。
ちなみに、自由電子の波動関数はそのままの状態でBlochの定理を満たす。実際、任意の結晶の並進ベクトル\(\b{R}\)について、
\[\varphi_\b{k}(\b{r}+\b{R}) = e^{i\b{k}\cdot\b{R}}\varphi_\b{k}(\b{r})\]
である。
ちなみに波動関数を規格化すると、系の体積を\(\Omega\)として、
\[\varphi_\b{k}(\b{r}) = \frac{1}{\sqrt{\Omega}}e^{i\b{k}\cdot\b{r}} \tag{3}\]
である。
系の体積といったときには、結晶全体の体積と考えてよい。もし無限に広い系を考えたいときは、規格化定数を\(1/\sqrt{(2\pi)^d}\) (\(d\)は空間の次元) とする。ちょうど離散フーリエ変換と普通のフーリエ変換の関係である。
3. 摂動論で考える
今回は、1電子近似したハミルトニアン
\[H = -\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2 + V(\b{r})\]
において、\(V(\b{r})\)が運動エネルギー\(\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2\)よりも十分小さいと考えるので、上の自由電子解\(\varphi_\b{k}(\b{r})= e^{i\b{k}\cdot\b{r}}/\sqrt{\Omega}\)を元の解として、摂動論を展開してやれば良い。
まずは1次摂動を計算してみよう。1次摂動によるエネルギー変化は
\[E_\b{k}^{(1)} = \int \varphi_\b{k}^*(\b{r})V(\b{r})\varphi_\b{k}(\b{r}) d\b{r} \tag{4}\]
である。代入して計算すると
\begin{align}
E_\b{k}^{(1)} = \frac{1}{\Omega}\int V(\b{r}) d\b{r} \equiv V_0
\end{align}
を得る。
...と思ってしまうが、実は違う。
(4)式によって1次摂動のエネルギーが得られるのは、全ての\(\b{k}\)について無摂動ハミルトニアンの縮退が無いときだからだ。今回の自由電子の場合、無摂動ハミルトニアンのエネルギーは
\[E_\b{k}^{(0)} = \frac{\hbar^2k^2}{2m}\]
だから、\(\b{k}\)と\(\b{k}'\)が同じ大きさであれば、それらはエネルギー的に縮退している。そういうときにどうすればよかったかは
EMANさんのページ が参考になるだろう。
縮退があるときには、縮退している空間で摂動ハミルトニアン\(V(\b{r})\)の固有値問題を解くことになる。それは今回の場合、
\[V(\b{r})\left(\sum_{|\b{k}|=k} c_\b{k} \varphi_\b{k}(\b{r})\right) = E^{(1)}_k\left(\sum_{|\b{k}|=k} c_\b{k} \varphi_\b{k}(\b{r})\right)\]
という方程式を満たす固有ベクトル\(\{c_\b{k}\}\)と固有値\(E^{(1)}_k\)を求める問題である。(特に興味があるのはエネルギーなので、固有ベクトルは求めなくても、固有値が求まればそれで良い。)
\(\varphi_{\b{k}'}^*(\b{r})\) を掛けて両辺を積分すると、(もちろん\(|\b{k}'|=k\)となるような\(\b{k}'\))
\begin{align}
\sum_{|\b{k}|=k}\frac{1}{\Omega}\int V(\b{r}) e^{i(\b{k}-\b{k}')\cdot\b{r}} d\b{r}c_\b{k}&= E^{(1)}_k \sum_{|\b{k}|=k} c_\b{k} \delta_{\b{k}'\b{k}} \\
\sum_{|\b{k}|=k}\frac{1}{\Omega}\int V(\b{r}) e^{i(\b{k}-\b{k}')\cdot\b{r}} d\b{r}c_\b{k}&= E^{(1)}_k c_{\b{k}'} \\
\end{align}
という連立方程式を得る。連立と言っているのは\(\b{k}'\)に関する連立方程式ということだ。 ところで、\(V(\b{r})\)は結晶の並進ベクトルに関して周期的だったので、逆格子ベクトル\(\b{G}\)を使って以下のように展開できる。
\[V(\b{r}) = \sum_\b{G} V_\b{G} e^{i\b{G}\cdot\b{r}}\]
これを使えば、
\begin{align}
\frac{1}{\Omega}\int V(\b{r}) e^{i(\b{k}-\b{k}')\cdot\b{r}} d\b{r} &= \frac{1}{\Omega}\sum_\b{G} V_\b{G} \int e^{i(\b{G}+\b{k}-\b{k}')\cdot\b{r}} d\b{r} \\
&= \sum_\b{G} V_\b{G} \delta_{\b{G},\b{k}'-\b{k}}
\end{align}
となる。したがって、先程の連立方程式は
\begin{align}
\sum_{|\b{k}|=k} \sum_{\b{G}} V_\b{G} \delta_{\b{G},\b{k}'-\b{k}} c_\b{k}&= E^{(1)}_k c_{\b{k}'} \\
\sum_{\b{G}~\text{s.t.}|\b{k}'-\b{G}| = k} V_{\b{G}} c_{\b{k}'-\b{G}}&= E^{(1)}_k c_{\b{k}'} \\
\sum_{\b{G}~\text{s.t.}|\b{k}-\b{G}| = k} V_{\b{G}} c_{\b{k}-\b{G}}&= E^{(1)}_k c_{\b{k}} \tag{5}
\end{align}
左辺は波数空間で\(|\b{k}|=k\)という球面上に存在するある点\(\b{k}\)から、適当な逆格子ベクトル\(\b{G}\)による平行移動で同じ球面上に現れる全ての波数\(\b{k}-\b{G}\)の和になっている。特に分かることは、\(k\)が任意の\(\b{G}\)について\(k\ll|\b{G}|\)であるような球面では、逆格子ベクトルによる平行移動で同じ球面上に移ることはできないので、\(k\ll|\b{G}|\)であるような\(\b{k}\)については左辺の和は\(\b{G}=0\)だけが残り、
\[E^{(1)}_k = V_0~~~(\text{when}~k\ll|\b{G}|\text{ for any }\b{G})\]
であることだ。つまり、このような小さい\(k\)に関しては、1次摂動で縮退が解けることは無く、自由電子的に振る舞う。
しかし上の(5)式だけでは、具体例を考えないとこれ以上のことは言えないので、次に1次元系の簡単な例を考えてみよう。
4. 1次元系の例
実空間の格子定数が\(a\)であるような1次元結晶を考えよう。このとき逆格子空間の基本並進ベクトルは\(2\pi/a\)である。(5)式では
\[|\b{k}-\b{G}| = k \tag{6}\]
が成り立つような\(\b{k}\)において縮退が解けることが予想されているので、まずはそのような\(\b{k}\)を求めよう。まずは(6)式をここで考えている系に置き換える。1次元系なので波数ベクトルも1次元となるから、\(\b{k} \to k\)と置き換え、右辺の\(k\)はベクトルの大きさを表すものだったから\(|k|\)と書かなくてはいけない。最後に一般の逆格子ベクトルは\(G = 2\pi n/a\)と書けるから、
\[\left|k-\frac{2\pi n}{a}\right| = |k| \]
である。これを解くと、
\[k = \pm\frac{\pi n}{a}\]
で縮退が解けることが予想される。さて、そのような\(k\)において、(5)式を書き下してみると、
\begin{align}
V_0 c_{\frac{\pi n}{a}} + V_{\frac{2\pi n}{a}}c_{-\frac{\pi n}{a}} &= E^{(1)}_{\frac{\pi n}{a}} c_{\frac{\pi n}{a}}\\
V_{-\frac{2\pi n}{a}}c_{\frac{\pi n}{a}} + V_0 c_{-\frac{\pi n}{a}} &= E^{(1)}_{\frac{\pi n}{a}} c_{\frac{\pi n}{a}}
\end{align}
見にくくてしょうが無いので、\(c_{\frac{\pi n}{a}} \to c_n\)、\(E^{(1)}_{\frac{\pi n}{a}} = E^{(1)}_n\)、\(V_{\frac{2\pi n}{a}} \to V_n\)と書くことにしよう。ちなみに、\(V(\b{r}\)が実数の関数であることから、そのフーリエ変換である\(V_{\b{k}}\)は、\(V_{\b{k}}=V_{-\b{k}}^*\)を満たす。それは今回の場合、\(V_n = V^*_{-n}\)であるということだ。これらの表記を使って行列で書くと、
\[
\left(\begin{array}{cc}
V_0 & V_n \\
V_n^* & V_0
\end{array}\right)
\left(\begin{array}{c}
c_n \\ c_{-n}
\end{array}\right)
= E^{(1)}_n\left(\begin{array}{c}
c_n \\ c_{-n}
\end{array}\right)
\]
この固有値方程式を解くと、
\[E^{(1)}_n = V_0 \pm |V_n|\]
を得る。すなわち、自由電子においては\(k = \frac{\pi n}{a}\)に存在していた縮退が1次の摂動によって解けて、\(V_n\)の
ギャップが開くのだ。
自由電子近似という、ちょっとやりすぎじゃないか、と思える近似でもこのような結果が得られることは結構面白いと思う。
ここからは無視してくれて構わない。なんとなく2次の摂動エネルギーを求めてみただけなので。
しかも縮退を考慮していないバージョンなので何の意味も無い計算をしただけだ。
2次摂動のエネルギーは
\[E_\b{k}^{(2)} = \sum_{\b{k}'\neq\b{k}} \frac{1}{E_\b{k}-E_{\b{k}'}} \left|\int \varphi_{\b{k}'}^*(\b{r}) V(\b{r}) \varphi_\b{k}(\b{r})d\b{r}\right|^2\]
である。積分部分を代入して計算する。
\begin{align}
\int \varphi_{\b{k}'}^*(\b{r}) V(\b{r}) \varphi_\b{k}(\b{r})d\b{r}
&= \frac{1}{\Omega} \int V(\b{r}) e^{i(\b{k}-\b{k}')\cdot\b{r}} d\b{r}
\end{align}
これは\(V(\b{r})\)に関するフーリエ変換だ。ところで、\(V(\b{r})\)は結晶の並進ベクトルに関して周期的だったので、逆格子ベクトル\(\b{G}\)を使って以下のように展開できる。
\[V(\b{r}) = \sum_\b{G} V_\b{G} e^{i\b{G}\cdot\b{r}}\]
したがって、
\begin{align}
\int \varphi_{\b{k}'}^*(\b{r}) V(\b{r}) \varphi_\b{k}(\b{r})d\b{r} &= \frac{1}{\Omega} \sum_\b{G} V_\b{G} \int e^{i(\b{G}+\b{k}-\b{k}')\cdot\b{r}} d\b{r}\\
&= \sum_\b{G} V_\b{G} \delta_{\b{G},\b{k}'-\b{k}}
\end{align}
となり、結局2次摂動のエネルギーは
\begin{align}
E_\b{k}^{(2)} &= \sum_{\b{k}'\neq\b{k}} \frac{1}{E_\b{k}-E_{\b{k}'}} \left|\sum_\b{G} V_\b{G} \delta_{\b{G},\b{k}'-\b{k}}\right|^2\\
&= \sum_{\b{k}'\neq\b{k}} \frac{1}{E_\b{k}-E_{\b{k}'}} \sum_\b{G}\sum_{\b{G}'} V_\b{G}V_{\b{G}'}^* \delta_{\b{G},\b{k}'-\b{k}}\delta_{\b{G}',\b{k}'-\b{k}}\\
&= \sum_{\b{k}'\neq\b{k}} \frac{1}{E_\b{k}-E_{\b{k}'}} \sum_\b{G}\sum_{\b{G}'} V_\b{G}V_{\b{G}'}^* \delta_{\b{G},\b{k}'-\b{k}}\delta_{\b{G},\b{G}'}\\
&= \sum_{\b{k}'\neq\b{k}} \sum_\b{G} \frac{1}{E_\b{k}-E_{\b{k}'}}|V_\b{G}|^2 \delta_{\b{G},\b{k}'-\b{k}} \\
&= \sum_{\b{G}=0} \frac{1}{E_\b{k}-E_{\b{k}+\b{G}}}|V_\b{G}|^2\\
&= \frac{2m}{\hbar^2}\sum_{\b{G}\neq 0} \frac{|V_\b{G}|^2}{k^2-(\b{k}+\b{G})^2}
\end{align}