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波数空間での和を積分に変換する方法


1.波数空間での和

固体物理の話をしていると、 \[\sum_\b{k}f(\b{k})\] という形の和がよく出てくる。(和は固体中で許される波数ベクトル全てについて。)

で、僕は固体物理の講義のときに突然 \[\sum_\b{k}f(\b{k}) \to \frac{V}{(2\pi)^3}\int f(\b{k})d\b{k} \tag{1}\] という置き換えに遭遇して、びっくりしながらなんとなく計算を進めてしまった。

でも、今考えてみればよくわからない置き換えだ。ちょっとこれについて調べて考えたので、今回はそのメモとして書いていこうと思う。

2.周期的境界条件

この置き換えを説明するには、最初に

周期的境界条件

というものについて説明しないといけない。

周期的境界条件

を課す、とは物質中の波動関数に対して、 \[\psi(x)=\psi(x+nL)\tag{2}\] というような条件をつけることである。ある周期\(L\)をもって系の波動関数が周期的になっているという条件だ。

結晶中の話をしているときに、こういうふうな周期的境界条件を使いますよー、これは波動関数に周期的な条件をつけることですよー、と言われて、僕は「きっとこの境界条件は物理的な意味があるに違いない」と思った。 固体物理でよく出てくるが、この謎の境界条件は物理的にどういう状況を表す境界条件なのだろうか?

しかし実は、この周期的境界条件には物理的な意味は何もないのだ。本当に何の意味もなくて、単なる計算テクニックの一つに過ぎない。頭のいい人はこれを習った時点でこのことに気づいていたのかもしれないが、僕には何年もかかってしまった。

周期的境界条件というのは、無限の広さを持っている系に対して使う計算テクニックである。というのも、最初っから無限の広さを考えると、エネルギー固有値なんかが連続的になってしまい、色々な計算がやりにくくなってしまうという事情がある。

で、その無限の広さの系をとりあえず有限の世界で考えましょう、というのが周期的境界条件をつけることの目的である。(2)のような境界条件をつけ、計算が終わった後に\(L\to\infty\)の極限を考えることで無限の問題に立ち返るのだ。

そしてさらにいうと、実はこのことを実行するには、必ず周期的境界条件を使う必要があるわけでもない。例えば波動関数が端っこで0になるという井戸型ポテンシャルのような条件 \[\psi(0)=\psi(L)=0\] というのをつかっても別に良い。最後の結果は必ず同じになるのだ。

それでも周期的境界条件が好んで使われるのは、この方法が一番便利で使いやすいからであって、本当にそれだけである。

これで周期的境界条件に関する概念的な説明は終わろう。ここまでの説明から、周期的境界条件の周期\(L\)というのは計算の過程で現れるものに過ぎないのだから、自分で勝手に決めていいことがわかるだろう。

だから、三次元の系に対して周期的境界条件を適用するなら、簡単さを求めて、一辺\(L\)の立方体を考えることが多い。つまり、 \[\psi(\b{r})=\psi(\b{r}+n_xL\b{e}_x+n_yL\b{e}_y+n_zL\b{e}_z)\tag{3}\] という境界条件を課すのだ。これをもとに、最初の(1)式の説明をしていく。

3.波数空間での和の極限としての積分

(3)のような周期的境界条件を満足する解としては、 \[\phi_\b{n}(\b{r}) = \exp\left(\frac{2\pi i}{L}(n_xx+n_yy+n_zz)\right)\tag{4}\] がある。 ここまで説明しておいて、最初の式に戻ろう。 \[\sum_\b{k}f(\b{k})\tag{5}\] を積分によって近似する方法を考えたいのだった。(5)式は許されるkについて離散的に和をとる、という式なので、周期的境界条件を取り入れたときには、 \[\sum_\b{k}f(\b{k})=\sum_\b{n}f(\frac{2\pi n_x}{L},\frac{2\pi n_y}{L},\frac{2\pi n_z}{L})\]と書き直せる。さっきも説明したように、\(L\)というのは最終的に無限大に飛ばしたいものだった。だから、\(\frac{2\pi n_x}{L}\)という変数はほとんど連続的に変化するとみなすことにする。

そうすると、次のようにして積分近似できる。 \begin{align} \sum_\b{k}f(\b{k})&=\sum_\b{n}f\left(\frac{2\pi n_x}{L},\frac{2\pi n_y}{L},\frac{2\pi n_z}{L}\right)\\ &=\sum_\b{n}f\left(\frac{2\pi n_x}{L},\frac{2\pi n_y}{L},\frac{2\pi n_z}{L}\right)\left(\frac{2\pi}{L}\right)^3\left(\frac{L}{2\pi}\right)^3\\ &=\left(\frac{L}{2\pi}\right)^3\sum_\b{n}f\left(\frac{2\pi n_x}{L},\frac{2\pi n_y}{L},\frac{2\pi n_z}{L}\right)\left(\frac{2\pi}{L}\right)^3\\ &\approx \left(\frac{L}{2\pi}\right)^3 \int f(\b{k})d\b{k}\tag{6} \end{align} 積分変数としては\(\b{k}\)を使ったが、別に文字はなんでも良い。波数の意味を持たしたほうが良いと思ったからこうしただけだ。

\(L\)を無限大に飛ばすという前提で計算を進めたが、(6)を見ると、\(L\to\infty\)で発散してしまいそうだ。これはいいのだろうか?

しかし、ちょっと考えてみるとこの発散は物理的に当然だということがわかる。

\(L\to\infty\)をとるというのは、無限の広がりを持つ結晶を考えるということに対応しているのだから、その中にある適当な物理量\(f(\b{k})\)(例えばエネルギーや粒子数)の総和を求めれば、当然無限大になってしまうだろう。

まあともかくこれで、当初の目標であった、 \[\sum_\b{k}f(\b{k}) \to \frac{V}{(2\pi)^3}\int f(\b{k})d\b{k} \tag{1}\] を示す事ができた。さっきもいったように、\(L\to\infty\)を考えることによって発散してしまうが、一般的には単位体積あたりの値が問題になることが多いので、 \[\frac{1}{V}\sum_\b{k}f(\b{k}) \to \frac{1}{(2\pi)^3}\int f(\b{k})d\b{k} \tag{7}\] という計算をしてやる。こうすると、発散の問題はなくなるのだ。

4.まとめ

\[\sum_\b{k}f(\b{k}) \to \frac{V}{(2\pi)^3}\int f(\b{k})d\b{k} \tag{1}\] という式は、周期的境界条件を考えて、\(L\)が非常に大きいところでの近似を取ったものだということがわかった。

最後に、なぜこんなことをするのか、別に\(\sum_\b{k}f(\b{k})\)をそのまま計算すればいいじゃないか、という疑問に答えておこう。

例えば状態密度を考えるときに、 \[\sum_\b{k}\delta(\epsilon-\epsilon_{\b{k}})\] というのを計算することがあるが、考えている系が非常に大きいときには、\(\b{k}\)がほとんど連続的になってしまう。こういうときには、積分で評価したほうが計算が楽だから、(1)を使って考えるのだ。

今回のことは総じて、固体物理で使われる計算テクニックの紹介に終始したなあ。