1.量子化された電磁場とハミルトニアン
前回、電磁場のハミルトニアンの固有値が\(n\hbar\omega\)となるように理論を組み立てて、量子化された電磁場のハミルトニアンや電場・磁場の表式を得た。ここでもう一度まとめておくと、波数\(\b{k}\)、偏光\(\mu\)をもつ光子の生成・消滅演算子を\(\hat{a}_{\b{k}\mu}^\dagger,\hat{a}_{\b{k}\mu}\)として、
\begin{align}
H &= \sum_{\mu,\b{k}} \hbar\omega_{\b{k}}(\hat{a}_{\b{k}\mu}^\dagger\hat{a}_{\b{k}\mu}+\frac{1}{2}) \\
\hat{\b{E}}(\b{r},t) &= i\sum_{\mu=1,2}\sum_{\b{k}} \sqrt{\frac{\hbar\omega_\b{k}}{2\epsilon_0V}}\left(\hat{a}_{\b{k}\mu}e^{-i(\omega_\b{k} t-\b{k}\cdot\b{r})}-\hat{a}_{\b{k}\mu}^\dagger e^{i(\omega_\b{k} t-\b{k}\cdot\b{r})}\right)\b{e}_\mu(\b{k})\\
\hat{\b{B}}(\b{r},t) &= i\sum_{\mu=1,2}\sum_{\b{k}} \sqrt{\frac{\mu_0\hbar\omega_\b{k}}{2V}}\left(\hat{a}_{\b{k}\mu}e^{-i(\omega_\b{k} t-\b{k}\cdot\b{r})}-\hat{a}_{\b{k}\mu}^\dagger e^{i(\omega_\b{k} t-\b{k}\cdot\b{r})}\right)\hat{\b{k}}\times\b{e}_\mu(\b{k})
\end{align}
とかけることが分かった。電子の位置や運動量が演算子になってしまったのと同じように、量子力学では光子の電場や磁場も演算子になる。
今回はこの量子化された電磁場の感覚を掴むために、色々計算してみる。毎回全てのモードについての和をとるもの面倒くさいので、今回は簡単のため1つのモードだけを考えることにしよう。つまり
\begin{align}
H &= \hbar\omega(\hat{a}^\dagger\hat{a}+\frac{1}{2}) \tag{1}\\
\hat{E}(\b{r},t) &= i\sqrt{\frac{\hbar\omega}{2\epsilon_0V}}\left(\hat{a}e^{-i(\omega t-\b{k}\cdot\b{r})}-\hat{a}^\dagger e^{i(\omega t-\b{k}\cdot\b{r})}\right)\tag{2}\\
\end{align}
が今回いじくりまわす式である。
2.光子数状態
まずはハミルトニアンの固有状態、光子数状態を定義しよう。電磁場のハミルトニアン(1)は調和振動子のものと全く同じなので、
"生成演算子と消滅演算子を使って調和振動子を解く"に書いたように、ハミルトニアンは
\[E_n = \hbar\omega(n+\frac{1}{2})~~~~(n=0,1,2,\cdots)\tag{3}\]
という固有値を持つ。この固有値それぞれに対応する状態が
光子数状態
であり、\(\ket{n}~(n=0,1,2,\cdots)\) と書くことにする。\(\ket{n}\)は光子が\(n\)個存在する状態を表すわけだ。
生成演算子\(\hat{a}^\dagger\)と消滅演算子\(\hat{a}\)はこの状態\(\ket{n}\)について、以下のような作用をするのだった。
\begin{align}
\hat{a}^\dagger \ket{n} &= \sqrt{n+1} \ket{n+1}\\
\hat{a} \ket{n} &= \sqrt{n} \ket{n-1}
\end{align}
これらをもちいて色々と計算してみよう。
3.電場の期待値
まずは\(\ket{n}\)の電場の期待値。電子を扱った量子力学と同じように、
\[\expect{E(\b{r},t)}_n = \bra{n}\hat{E}(\b{r},t)\ket{n}\]
を計算すれば良い。添字として\(n\)をつけたのは\(\ket{n}\)に対するものであることを明確にするためだ。
\begin{align}
\expect{E(\b{r},t)}_n &= \bra{n}i\sqrt{\frac{\hbar\omega}{2\epsilon_0V}}\left(\hat{a}e^{-i(\omega t-\b{k}\cdot\b{r})}-\hat{a}^\dagger e^{i(\omega t-\b{k}\cdot\b{r})}\right)\ket{n}\\
&= i\sqrt{\frac{\hbar\omega}{2\epsilon_0V}}\left(\bra{n}\hat{a}\ket{n}e^{-i(\omega t-\b{k}\cdot\b{r})}+\bra{n}\hat{a}^\dagger\ket{n}e^{i(\omega t-\b{k}\cdot\b{r})}\right)
\end{align}
ここで、\(\hat{a}\ket{n}=\sqrt{n} \ket{n-1}\)だから、
\[\bra{n}\hat{a}\ket{n} = \sqrt{n} \braket{n}{n-1} = 0\]
と0になってしまう。\(\hat{a}^\dagger\)についても同様である。よって、
\[\expect{E(\b{r},t)}_n = 0\tag{4}\]
となり、\(\ket{n}\)の電場の期待値は0であることがわかった。どれだけ光子数\(n\)が増えても電場の期待値が0なのは少し直感に反するかも知れない。でもこれは、光子数状態\(\ket{n}\)では、全く位相が不確定である (つまり位相の確定した状態の一様な重ね合わせである) ことが原因である。だから、もし電場の「大きさ」を知りたければ、電場の振幅の期待値を計算しなくてはいけない。
4.電場の大きさ
電場の大きさを計算するにはどのように考えれば良いだろうか?古典電磁気学を思い出そう。古典的な電場
\[E=i(E_0e^{-i(\omega t-\b{k}\cdot\b{r})}-E_0^*e^{i(\omega t-\b{k}\cdot\b{r})})\tag{5}\]
を考えた時、電場の振幅は\(|E_0|^2 = E_0^*E_0\)だった。量子的な光との対応関係は、\(E_0\to\sqrt{\frac{\hbar\omega}{2\epsilon_0V}}\hat{a}\)だから、振幅に相当するのは\(|E_0|^2\to\frac{\hbar\omega}{2\epsilon_0V}\hat{a}^\dagger\hat{a}\)である。\(\ket{n}\)の電場の「大きさ」は\(\expect{\hat{a}^\dagger\hat{a}}_n\)を求めれば良い。これはハミルトニアンにも出てきている項であり、当然
\[\expect{\hat{a}^\dagger\hat{a}}_n = n\]
になる。よって、\(\ket{n}\)の電場の大きさは
\[\expect{|E_0|}_n = \sqrt{\frac{\hbar\omega}{2\epsilon_0V}} \sqrt{n}\tag{6}\]
であると考えられる。確かに光子数\(n\)が大きくなれば、電場の振幅も大きくなることが確かめられた。
5.電場のゆらぎ
次に電場のゆらぎを計算してみよう。一般に、演算子\(\hat{A}\)のゆらぎは、平均値からのずれの二乗平均
\[\Delta A^2 \equiv \expect{\left(\hat{A}-\expect{\hat{A}}\right)^2}\]
として定義される。特に電場の場合\(\expect{\hat{E}}_n=0\)だったから、\(\expect{\hat{E}^2}_n\)を計算すれば十分である。
\begin{align}
\hat{E}^2 &= -\frac{\hbar\omega}{2\epsilon_0V}\left(\hat{a}e^{-i(\omega t-\b{k}\cdot\b{r})}-\hat{a}^\dagger e^{i(\omega t-\b{k}\cdot\b{r})}\right)^2 \\
&= \frac{\hbar\omega}{2\epsilon_0V}\left(\hat{a}\hat{a}^\dagger+\hat{a}^\dagger\hat{a} + \hat{a}^2e^{-2i(\omega t-\b{k}\cdot\b{r})} + {\hat{a}^\dagger}^2 e^{2i(\omega t-\b{k}\cdot\b{r})}\right)\\
&= \frac{\hbar\omega}{2\epsilon_0V}\left(2\hat{a}^\dagger\hat{a} + 1 + \hat{a}^2e^{-2i(\omega t-\b{k}\cdot\b{r})} + {\hat{a}^\dagger}^2 e^{2i(\omega t-\b{k}\cdot\b{r})}\right) ~~([\hat{a},\hat{a}^\dagger] = 1)
\end{align}
これの期待値\(\bra{n}\hat{E}^2\ket{n}\)を計算すると、先と同じ要領で\(\hat{a}^2,{\hat{a}^\dagger}^2\)の項は消えてしまう。残りの項を計算すれば、
\[\expect{\hat{E}^2}_n = \frac{\hbar\omega}{2\epsilon_0V}(2n + 1)\]
を得る。\(n\)が大きくなるほど大きなゆらぎになることがすぐに分かるが、注目したいのは\(n=0\)、つまり光子が存在しない真空状態であっても、電場が0でないゆらぎを持っていることだ。これは
真空ゆらぎ
と呼ばれ、原子が自然放出を起こす原因である。