1.2準位系
今回は2準位系の粒子に周期的な力を加えたときにどのようなことが起こるか、という問題を解く。2準位系とは、2つのエネルギー準位のみがある系のことである。演習にはうってつけのおもちゃのようなモデルではあるのだが、実はスピンの時間発展はこの2準位系の議論がそっくりそのまま使えて、核磁気共鳴などの応用にそのまま結びついているのだ。そこでまずはスピンを例にして考えることにしよう。
スピンという性質は磁気モーメントを持つので、磁場をかけるとエネルギーが2つに分裂する。スピンの持つ磁気モーメント\(\mu\)を
\[\hat{\b{\mu}} = -\gamma\hat{\b{s}}\tag{1}\]
と書くと、大きさ\(B_0\)の磁場をz方向に掛けたときのエネルギー(ハミルトニアン)は、
\[\hat{H} = -\hat{\b{\mu}}\cdot\b{B} = -\gamma B_0\hat{s}_z\]
である。(もしこれがわからなければ、双極子 エネルギーとかで検索すれば出てくるはず)
スピン演算子\(\hat{s}_z\)の固有状態は2つある。この2つの状態を\(\ket{1},\ket{2}\)として、それぞれの固有値は
\begin{align}
\hat{s}_z \ket{1} &= \frac{\hbar}{2} \ket{1}\\
\hat{s}_z \ket{2} &= -\frac{\hbar}{2} \ket{2}
\end{align}
とする。つまり\(\ket{1}\)がエネルギーの高い状態、\(\ket{2}\)がエネルギーの低い状態に対応するわけだ。
この系に、例えばx方向に周期的な力、つまり周期的な磁場を加えたときどのような動きをするか調べよう。x方向に磁場\(B_x\cos\omega t\)を与えたとき、全体のハミルトニアン(エネルギー)は
\[\hat{H} = \hat{\b{\mu}}\cdot\b{B}(t) = \gamma B_0 \hat{s}_z + \gamma B_x \cos\omega t \hat{s}_x\tag{2}\]
と書ける。スピンの状態\(\ket{\psi}\)は、このハミルトニアンに対するシュレディンガー方程式
\[i\hbar\frac{\partial}{\partial t}\ket{\psi} = \hat{H}\ket{\psi}\tag{3}\]
によって時間変化するが、今回はこれを解いて\(\ket{\psi(t)}\)を求め、ある時刻で測定した時に\(\ket{1},\ket{2}\)をそれぞれ観測する確率を求めることが目標である。
結果だけ先に書いておくと、エネルギーの低い状態\(\ket{2}\)からスタートした時、ある時刻tで測定を行って\(\ket{1},\ket{2}\)を得る確率は、
\[\begin{align}
P_1(t) &= \frac{\omega_x^2}{4\Omega^2}\sin^2 \Omega t\\
P_2(t) &= 1-\frac{\omega_x^2}{4\Omega^2}\sin^2 \Omega t
\end{align}
\]
となる。ただし、
\[\omega_x = \gamma B_x/2, \omega_0 = \gamma B_0/2, \Omega = \frac{\sqrt{(2\omega_0-\omega)^2 +\omega_x^2}}{2}\]
確率が振動する周波数\(2\Omega\)は
Rabi周波数
と呼ばれ、このように確率が振動する現象を
Rabi振動
と呼ぶ。
2.シュレディンガー方程式を行列形式にする
(5)式を解いていこう。この方程式を解くに当たっては、多分下のように\(\ket{1},\ket{2}\)を普通のベクトル的に表示するのがやりやすいだろう。
\[\ket{1}\to\left(\begin{array}{c}1\\0\end{array}\right),~\ket{2}\to\left(\begin{array}{c}0\\1\end{array}\right)\tag{4}\]
こうすると、任意のスピンの状態
\[\ket{\psi} = a(t)\ket{1} + b(t)\ket{2}\]
は次のようなベクトルになる。
\[\ket{\psi}\to\left(\begin{array}{c}a(t)\\b(t)\end{array}\right)\tag{5}\]
また、(4)のようなベクトル表示をすることにしたとき、スピン演算子は行列表示できて
\begin{align}
\hat{s}_x&\to \frac{\hbar}{2}\left(\begin{array}{cc}0&1\\1&0\end{array}\right),&
\hat{s}_y&\to \frac{\hbar}{2}\left(\begin{array}{cc}0&-i\\i&0\end{array}\right),&
\hat{s}_z&\to \frac{\hbar}{2}\left(\begin{array}{cc}1&0\\0&-1\end{array}\right)
\end{align}
となる。(
パウリのスピン行列の導出参照。)
今考えようとしているハミルトニアンは、
\[\hat{H} = \gamma B_0 \hat{s}_z + \gamma B_x \cos\omega t \hat{s}_x\tag{6}\]
だったから、上のやつと組み合わせれば、ハミルトニアンの行列表示ができる。
\[\hat{H} \to \frac{\gamma\hbar}{2}\left(\begin{array}{cc}B_0&B_x\cos\omega t\\B_x\cos\omega t&-B_0\end{array}\right)\tag{7}\]
よってシュレディンガー方程式
\[i\hbar\frac{\partial}{\partial t}\ket{\psi} = \hat{H}\ket{\psi}\]
は次のように書き直される。
\[i\hbar\frac{\partial}{\partial t}\left(\begin{array}{c}a\\b\end{array}\right)=
\frac{\gamma\hbar}{2}\left(\begin{array}{cc}B_0&B_x\cos\omega t\\B_x\cos\omega t&-B_0\end{array}\right)\left(\begin{array}{c}a\\b\end{array}\right)\]
\[i\frac{\partial}{\partial t}\left(\begin{array}{c}a\\b\end{array}\right)=
\frac{\gamma}{2}\left(\begin{array}{cc}B_0&B_x\cos\omega t\\B_x\cos\omega t&-B_0\end{array}\right)\left(\begin{array}{c}a\\b\end{array}\right)\]
この方程式を解くにあたって、この時点で文字をまとめておこう。\(\gamma B\)がちょうど角速度の単位を持っていることに注意して、
\[\omega_0 = \gamma B_0/2,~~\omega_x = \gamma B_x/2\]
と置くことにすると、
\[i\frac{\partial}{\partial t}\left(\begin{array}{c}a\\b\end{array}\right)=
\left(\begin{array}{cc}\omega_0&\omega_x\cos\omega t\\\omega_x\cos\omega t&-\omega_0\end{array}\right)\left(\begin{array}{c}a\\b\end{array}\right)\tag{8}\]
となる。この(8)式を解けば\(\ket{\psi}\)の係数\(a,b\)が求まり、シュレディンガー方程式の解が得られるはずだ。
3.回転波近似
(8)は次のように変数変換すると対角成分が消えて簡単になる。そんなに思いつかないレベルの変数変換でもないし、やってから解くことにしよう。
\[a(t) = e^{-i\omega_0t}\alpha(t),~~b(t) = e^{i\omega_0t}\beta(t)\tag{9}\]
としてこれを代入すると、
\begin{align}
i\frac{\partial}{\partial t}\left(\begin{array}{c}e^{-i\omega_0t}\alpha(t)\\e^{i\omega_0t}\beta(t)\end{array}\right)&=
\left(\begin{array}{cc}\omega_0&\omega_x\cos\omega t\\\omega_x\cos\omega t&-\omega_0\end{array}\right)\left(\begin{array}{c}e^{-i\omega_0t}\alpha(t)\\e^{i\omega_0t}\beta(t)\end{array}\right)\\
i\frac{\partial}{\partial t}\left(\begin{array}{c}\alpha(t)\\\beta(t)\end{array}\right)&=
\left(\begin{array}{cc}0&\omega_x\cos\omega t\\\omega_x\cos\omega t&0\end{array}\right)\left(\begin{array}{c}e^{-i2\omega_0t}\alpha(t)\\e^{i2\omega_0t}\beta(t)\end{array}\right)
\end{align}
のように対角成分が消える。対角成分が消えるとあんまり行列表示してる意味もないし、書き下してしまおう。
\begin{align}
i\alpha'(t) &= \omega_x\cos\omega te^{i2\omega_0t}\beta(t)\\
i\beta'(t) &= \omega_x\cos\omega te^{-i2\omega_0t}\alpha(t)\\
\end{align}
オイラーの公式を使ってcosを書き直すと、
\[\begin{align}
i\alpha'(t) &= \frac{\omega_x}{2}\left(e^{i(2\omega_0+\omega)t}+e^{i(2\omega_0-\omega)t}\right)\beta(t)\\
i\beta'(t) &= \frac{\omega_x}{2}\left(e^{-i(2\omega_0+\omega)t}+e^{-i(2\omega_0-\omega)t}\right)\alpha(t)\\
\end{align}\tag{10}\]
さて、ここで
回転波近似
と呼ばれる近似を行う。それには、外部から与える力の周波数\(\omega\)とスピンのエネルギー差に相当する周波数\(2\omega_0\)の間に、ほとんど違いが無いという状況を考える。このとき、(10)にあらわれている\(2\omega_0 + \omega\)という周波数と\(\omega_0-\omega\)という周波数では、圧倒的に\(2\omega_0+\omega\)のほうが大きくなる。このような状況のもとで、\(2\omega_0-\omega\)という周波数に対応する時間スケールの変化をみるとき、\(2\omega_0+\omega\)という非常に大きな周波数で変化する項は平均化されて、ほとんど結果に影響をおよぼさなくなる。(もちろん、\(2\omega_0+\omega\)という時間スケールの変化を観測するときには重要になるだろうが、そんなに高速な測定をするのはとてもむずかしいのだ。また、これだけでは、なぜこれが回転波近似と呼ばれるのかわからないと思うので、最後にその理由を補足で書くことにした。気になる人はそちらを参照。)
そこで、(10)において\(\omega_0+\omega\)という周波数で振動する項を無視することにする。この近似のもとで、シュレディンガー方程式は
\[\begin{align}
i\alpha'(t) &= \frac{\omega_x}{2}e^{i(2\omega_0-\omega)t}\beta(t)\\
i\beta'(t) &= \frac{\omega_x}{2}e^{-i(2\omega_0-\omega)t}\alpha(t)\\
\end{align}\tag{11}\]
となる。さて、実はこの近似を入れることでやっと解析的に解けるようになるのだ。
4.実際に解く
(11)を解こう。ただの連立微分方程式だから、少しめんどくさいが、そこまで難しい計算にはならない。
片方の式をもう一回tで微分して、もう片方を代入するという方針で行こう。
\begin{align}
i\alpha''&= \frac{\omega_x}{2}\frac{d}{dt}e^{i(2\omega_0-\omega)t}\beta(t)\\
i\alpha''&= \frac{\omega_x}{2}\left(i(2\omega_0-\omega)\beta+\beta'\right)e^{i(2\omega_0-\omega)t}\\
i\alpha''&= \frac{\omega_x}{2}\left[i(2\omega_0-\omega)\left(\frac{2}{\omega_x}e^{-i(2\omega_0-\omega)t}i\alpha'\right)+\left(\frac{\omega_x}{2i}e^{-i(2\omega_0-\omega)t}\alpha(t)\right)\right]e^{i(2\omega_0-\omega)t}\\
i\alpha''&= i(2\omega_0-\omega)i\alpha'-i\frac{\omega_x^2}{4}\alpha(t)\\
\end{align}
のように変形していくと、結局、
\[\alpha''-i(2\omega_0-\omega)\alpha'+\frac{\omega_x^2}{4}\alpha(t) = 0\tag{12}\]
という2階の微分方程式を解けばいいことがわかる。
こういう微分方程式は\(\alpha = e^{\lambda t}\)と置けば解けるのだった。やってみると、
\[\lambda^2 - i(2\omega_0-\omega)\lambda + \frac{\omega_x^2}{4} = 0\tag{13}\]
から、
\[\lambda = i\frac{2\omega_0-\omega}{2}\pm i\frac{\sqrt{(2\omega_0-\omega)^2 +\omega_x^2}}{2}\tag{14}\]
という解を得る。ここからは、簡単のために、
\[\Omega = \frac{\sqrt{(2\omega_0-\omega)^2 +\omega_x^2}}{2}\tag{15}\]
とおいて計算を進めよう。(14)のような解が得られたということは、
\[\alpha(t) = e^{i\frac{2\omega_0-\omega}{2}t}\left(A\cos\Omega t + B\sin\Omega t\right)\tag{16}\]
が一般解である。元の微分方程式にこれを代入すれば\(\beta\)も求まる。
\begin{align}
\beta(t) &= i\alpha'(t)\frac{2}{\omega_x}e^{-i(2\omega_0-\omega)t}\\
&= e^{-i\frac{2\omega_0-\omega}{2}t}\frac{2}{\omega_x}\left(\left(i\frac{2\omega_0-\omega}{2}B-\Omega A\right)\sin\Omega t +\left(i\frac{2\omega_0-\omega}{2}A+\Omega B\right)\cos\Omega t\right)
\end{align}
初期条件を決めないとここより先には行けない。そこで、適当に初期条件を決めてやろう。\(\alpha,\beta\)というのが何だったのかというと、スピンの状態を
\[\ket{\psi} = e^{-i\omega_0t}\alpha(t)\ket{1} +e^{i\omega_0t}\beta(t)\ket{2}\]
と書いたときの係数のことだった。
そこで、t=0ではスピンが低エネルギー状態にいたと考えることにして、
\[|\alpha(0)|^2 = 0, |\beta(0)|^2 = 1\]
を初期条件にしよう。位相を無視することにすれば、
\[\alpha(0) = 0, \beta(0) = 1\]
と同じことである。この条件を入れると、
\begin{align}
\alpha(0) = 0 &\Rightarrow A = 0\\
\beta(0) = 1 &\Rightarrow \frac{2}{\omega_x}\left(\frac{2\omega_0-\omega}{2}A+\Omega B\right) = 1~\Rightarrow B=\frac{\omega_x}{2\Omega}\\
\end{align}
ということで、最初に低エネルギー状態にいた粒子が(6)のようなハミルトニアンを持っているとき、シュレディンガー方程式の解は、
\[\begin{align}
\alpha(t) &= e^{i\frac{2\omega_0-\omega}{2}t}\frac{\omega_x}{2\Omega}\sin\Omega t\\
\beta(t) &= ie^{-i\frac{2\omega_0-\omega}{2}t}\left(\cos\Omega t + i\frac{2\omega_0-\omega}{2\Omega}\sin\Omega t\right)
\end{align}\tag{17}
\]
となる。さらにある時刻tで状態\(\ket{1}\)をとる確率を\(P_1\)、\(\ket{2}\)をとる確率を\(P_2\)とすると、
\[\begin{align}
P_1(t) &= |\alpha(t)|^2 = \frac{\omega_x^2}{4\Omega^2}\sin^2 \Omega t\\
P_2(t) &= |\beta(t)|^2 = \cos^2\Omega t + \frac{(2\omega_0-\omega)^2}{4\Omega^2}\sin^2 \Omega t = 1-\frac{\omega_x^2}{4\Omega^2}\sin^2 \Omega t
\end{align}\tag{18}
\]
が得られる。
5.補足:回転波近似について
(10)から(11)とするときに使った回転波近似が、なぜ回転波近似と呼ばれるかについて。
(9)の変数変換を行った後、方程式は
\begin{align}
i\frac{\partial}{\partial t}\left(\begin{array}{c}\alpha(t)\\\beta(t)\end{array}\right)&=
\left(\begin{array}{cc}0&\omega_x\cos\omega t\\\omega_x\cos\omega t&0\end{array}\right)\left(\begin{array}{c}e^{-i2\omega_0t}\alpha(t)\\e^{i2\omega_0t}\beta(t)\end{array}\right)
\end{align}
となった。この方程式の行列を、スピン演算子で書くと、
\[\frac{\hbar}{2}\left(\begin{array}{cc}0&\omega_x\cos\omega t\\\omega_x\cos\omega t&0\end{array}\right) = \omega_x\cos\omega t\hat{s}_x\tag{18}\]
となっている。
一方で、回転波近似を行った後に残った行列は、((11)式を行列形式で書いたときの行列)
\[\left(\begin{array}{cc}0&\frac{\omega_x}{2}e^{-i\omega t}\\\frac{\omega_x}{2}e^{i\omega t}&0\end{array}\right)\]
であり、少し難しいかも知れないがこちらもスピン演算子で表示してやると、
\[\frac{\hbar}{2}\left(\begin{array}{cc}0&\frac{\omega_x}{2}e^{-i\omega t}\\\frac{\omega_x}{2}e^{i\omega t}&0\end{array}\right) = \frac{\omega_x}{2}\left(\cos\omega t\hat{s}_x +\sin\omega t\hat{s}_y\right)\tag{19}\]
となる。
回転波近似を行う前(18)と後(19)を、スピン演算子の形で比べると、回転波近似が
\[\omega_x\cos\omega t\hat{s}_x \to \frac{\omega_x}{2}\left(\cos\omega t\hat{s}_x +\sin\omega t\hat{s}_y\right)\tag{20}\]
ということを行っていることがわかるだろう。スピン演算子の形にしたことで物理的な意味がわかりやすくなった。(20)の左辺はx方向に加わる周期的な力を表しているのに対して、(20)の右辺はxy平面上で回転している力を表している。これが回転波近似と呼ばれる理由である。