物理とか

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任意角度のスピンと1qubitの状態


1.1qubitの状態

1粒子のスピンを1qubitとして考えたとき、z軸に対して上向きなら\(\ket{0}\)、下向きなら\(\ket{1}\)と書くことにします。前回、任意の重ね合わせ状態 \[\ket{\psi} = \alpha\ket{0}+\beta\ket{1}\] を観測した時、\(\ket{0}\)もしくは\(\ket{1}\)となる確率を合わせると1になる、つまり \[|\alpha|^2+|\beta|^2 = 1\] というところから、\(\ket{\psi}\)は \[\ket{\psi} = \cos\frac{\theta}{2}\ket{0}+\sin\frac{\theta}{2}e^{i\phi}\ket{1}\tag{1}\] と表されることがわかりました。\(\theta/2\)とした理由が、今回の記事を読むことで理解できるはずです。今回はいろんな方向のスピンがどのように表されるか考えてみます。



2.適当な方向へのスピン

スピンのxyz方向を表す行列は、次のように表すことができます。 (なぜかを知りたい人はパウリ行列の導出の記事を参照してください。) \[\begin{align} X&=\left(\begin{array}{cc}0&1\\1&0\end{array}\right)\\ Y&=\left(\begin{array}{cc}0&-i\\i&0\end{array}\right)\\ Z&=\left(\begin{array}{cc}1&0\\0&-1\end{array}\right)\end{align} \tag{2}\] 一応正確を期するために注意書きしておくと、このように表せるのは、 \[\ket{0}=\left(\begin{array}{c}1\\0\end{array}\right),~\ket{1}=\left(\begin{array}{c}0\\1\end{array}\right)\] のように\(\ket{0},\ket{1}\)を基底にとったときだけです。

スピンを測定しようというとき、xyzという三方向だけではなくて、自分の好きな方向に対して測定を行えるはずです。では、ある方向\(\b{n}\)に対してのスピンの行列はどのように書くのが適当でしょうか。これがわかれば、自分の好きな方向に対してスピンがどのように表されるかしることができますね。

これを考えるために、普通のベクトルがどのように表されていたか考えましょう。適当な方向を向いた単位ベクトル\(\b{n}\)は、よく使われる三次元の極座標で書くと、 \[\cos\phi\sin\theta\b{e}_x+\sin\phi\sin\theta\b{e}_y+\cos\theta\b{e}_z\] となりますね。だから、この例に励まされて、任意の方向を向いたスピンを表す行列\(S(\theta,\phi)\)を \[S(\theta,\phi)=\cos\phi\sin\theta X+\sin\phi\sin\theta Y+\cos\theta Z\tag{3}\] と書くことにしましょう。 (???となる人も多いでしょう。ここには確かに論理の飛躍があります。しかし、このような行列を考えることで実験事実を説明できるので、こういうふうに考えるのです。量子力学はこんなふうに曲りなりにでも実験事実を説明できるから受け入れられているんです。)

さて、\(S(\theta,\phi)\)を行列の形で書いてみると、 \[S(\theta,\phi)=\left(\begin{array}{cc}\cos\theta&\sin\theta(\cos\phi-i\sin\phi)\\\sin\theta(\cos\phi+i\sin\phi)&-\cos\theta\end{array}\right)\tag{4}\] となります。オイラーの公式によって、 \[S(\theta,\phi)=\left(\begin{array}{cc}\cos\theta&\sin\theta e^{-i\phi}\\\sin\theta e^{i\phi}&-\cos\theta\end{array}\right)\tag{5}\] を得ます。

\((\theta,\phi)\)方向を向いたスピンを表す行列の形がわかりましたから、具体的にその固有状態(固有ベクトル)を求めてみましょう。固有ベクトルを求めるためには、まず固有値を求めないといけませんね。固有値\(\lambda\)は、 \begin{align} \det\left(\begin{array}{cc}\cos\theta-\lambda&\sin\theta e^{-i\phi}\\\sin\theta e^{i\phi}&-\cos\theta-\lambda\end{array}\right) &= 0\\ \lambda^2 - \cos^2\theta-\sin^2\theta &= 0 \end{align} を解くことで求まります。\(\cos^2\theta+\sin^2\theta=1\)ですから、 \[\lambda=\pm1\] を得ます。固有値\(\pm1\)に対応する固有状態を\(\ket{S_\pm}=(\alpha_\pm~~\beta_\pm)^t\)と書くと、\(\alpha_\pm,\beta_\pm\)は以下を満たします。 \[\begin{align} (\cos\theta-1)\alpha_+ + \sin\theta e^{-i\phi}\beta_+ &= 0\\ (\cos\theta+1)\alpha_- + \sin\theta e^{-i\phi}\beta_- &= 0\\ \end{align}\tag{6}\] これは固有ベクトルを求める式ですが、量子力学で状態の大きさは1になっていないといけませんから、 \[|\alpha_\pm|^2+|\beta_\pm|^2=1\tag{7}\] も同時に満たしていなくてはいけません。このことにも注意しながら解いてみましょう。まず+の方は、 \[\left(\begin{array}{c}\alpha_+\\\beta_+\end{array}\right)=C\left(\begin{array}{c}\sin\theta\\ e^{i\phi}(1-\cos\theta)\end{array}\right)\] となっていればさっきの方程式(6)を満たしますね。Cは適当な定数で、これを(7)式の条件に合わせたものが解です。(7)式に代入すると、 \begin{align} |C|^2\left(\sin^2\theta + (\cos\theta-1)^2\right) &= 1\\ 2|C|^2(1-\cos\theta)&=1\\ 4|C|^2\sin^2\frac{\theta}{2}&=1\\ |C| &= \frac{1}{2\sin\frac{\theta}{2}} \end{align} ですから、 \[C=\frac{e^{i\delta}}{2\sin\frac{\theta}{2}}\] とすればいいですね。\(\delta\)は適当な位相です。したがって、\(\alpha_+,\beta_+\)は、 \begin{align} \left(\begin{array}{c}\alpha_+\\\beta_+\end{array}\right)&=\frac{e^{i\delta}}{2\sin\frac{\theta}{2}}\left(\begin{array}{c}\sin\theta\\ e^{i\phi}(1-\cos\theta)\end{array}\right)\\ &=\frac{e^{i\delta}}{\sin\frac{\theta}{2}}\left(\begin{array}{c}\sin\frac{\theta}{2}\cos\frac{\theta}{2}\\ e^{i\phi}\sin^2\frac{\theta}{2}\end{array}\right)\\ &=e^{i\delta}\left(\begin{array}{c}\cos\frac{\theta}{2}\\ e^{i\phi}\sin\frac{\theta}{2}\end{array}\right)\tag{8} \end{align} のように求まります。同じように-についても計算してあげると、 \[\left(\begin{array}{c}\alpha_-\\\beta_-\end{array}\right)=e^{i\delta}\left(\begin{array}{c}\cos\frac{\theta}{2}\\ -e^{i\phi}\sin\frac{\theta}{2}\end{array}\right)\tag{9} \] となります。さて、計算が長くて何をしていたか忘れそうなのでまとめましょう。

3.まとめ。

一般的な極座標で\(\theta,\phi\)方向を向いたスピンを、 \[S(\theta,\phi)=\cos\phi\sin\theta X+\sin\phi\sin\theta Y+\cos\theta Z\tag{3}\] と表すことにしました。するとその行列が次のように書けました。 \[S(\theta,\phi)=\left(\begin{array}{cc}\cos\theta&\sin\theta e^{-i\phi}\\\sin\theta e^{i\phi}&-\cos\theta\end{array}\right)\tag{5}\] この行列の固有値は\(\pm 1\)でした。それぞれの固有値に対応する固有ベクトルは \[\left(\begin{array}{c}\alpha_\pm\\\beta_\pm\end{array}\right)=e^{i\delta}\left(\begin{array}{c}\cos\frac{\theta}{2}\\ \pm e^{i\phi}\sin\frac{\theta}{2}\end{array}\right)\tag{10}\] となっていました。つまりケットで書くと、 \[\ket{S_\pm} = e^{i\delta}\left[\cos\frac{\theta}{2}\ket{0}+e^{i\phi}\sin\frac{\theta}{2}\ket{1}\right]\tag{11}\] ということです。この式があるからこそ、一般的な1qubitの状態を \[\ket{\psi}=\cos\frac{\theta}{2}\ket{0}+e^{i\phi}\sin\frac{\theta}{2}\ket{1}\] と書くのですね。この形で書くと、この1qubit状態 (スピンの状態) がどの方向を向いたものなのか一目瞭然というわけです。