1.複素誘電率
前回の話から分かったことをまずはまとめておく。光の波は、
\[\b{E}=\b{E}_0e^{i(\omega t - \b{k}\cdot\b{r})} \tag{1}\]
という式で与えられて、その中の\(\b{k}\)と\(\omega\)の間には、
\[k^2 = \mu_0\omega^2\left(\epsilon - i\frac{\sigma}{\omega}\right) \tag{2}\]
という関係式が成り立っていなければならないのだった。この(2)式の右辺、括弧の中の式は一括りにしてもよさそうにみえないか?\(\sigma=0\)の場合(つまり波動方程式の一階微分項がない形=減衰しない波の場合)には\(k^2 = \mu_0\epsilon\omega^2\)となっているのだから、これの形に合わせてやりたいのだ。 \( \bar{\epsilon} = \epsilon - i\frac{\sigma}{\omega} \) とおいてやろう。すると、
\[k^2=\mu_0\bar{\epsilon}\omega^2\tag{3} \]
ときれいにまとまる。この\(\bar{\epsilon}\)のことを
複素誘電率
と呼ぶ。こんな風に簡単にまとまるので、物理の世界では誘電率を複素数で定義することがよくある。
実際の物質では、電磁波の角周波数\(\omega\)によって誘電率は大きく変化する。角周波数によってどのように誘電率が変化するかというのには、色々な理論があってこれもなかなか面白いので、固体物理のページでそのうち解説するつもりだ。
にしても、関数ですよ~というのを前面に押し出して\(\epsilon\)を書いてもいい気がする。\(\epsilon(\omega)\)なんて書き方はどうだろう。
これからは、
\[ \bar{\epsilon}(\omega) = \epsilon(\omega) - i\frac{\sigma(\omega)}{\omega} \equiv \epsilon_r(\omega) + i\epsilon_i(\omega) \]
とかくことにする。ただ単に式をさらに見やすくしただけだ。
2.複素屈折率
複素誘電率の定義も終わったことだし、そろそろ関係式(3)を波の式(1)に代入したいところだ。...と思ったが、(1)の中には\(\omega^2\)も\(k^2\)も見当たらないではないか。あるのは\(\omega\)と\(\b{k}\)だけだ。
ということは平方根をとってやらなきゃいけないんだな。つまり \(k=\sqrt{\mu_0\bar{\epsilon}}\omega\) といった感じになるのか。というのはいいのか?だって平方根なんだから±の二つが得られるんじゃないか?よし、とりあえず\(k=\pm\sqrt{\mu_0\bar{\epsilon}}\omega\)ということにして、代入してみよう。\(k\)というのは\(\b{k}\)の大きさだったので、そのまま代入することはできない。そこで、\(\b{k}\)の方向をもつ単位ベクトル\(\hat{\b{k}}\)を定義してやってから代入しよう。こんな感じだ。
\begin{align}
\b{E} &=\b{E}_0e^{i(\omega t - k\hat{\b{k}}\cdot\b{r})} \\\\
&=\b{E}_0e^{i\left(\omega t - (\pm\sqrt{\mu_0\bar{\epsilon}}\omega)\hat{\b{k}}\cdot\b{r}\right)} \\\\
&=\b{E}_0e^{i\omega\left( t \pm \sqrt{\mu_0\bar{\epsilon}}\hat{\b{k}}\cdot\b{r}\right)} \tag{4}
\end{align}
となるので、±というのは、ただ波の進む方向を変えているに過ぎないことが分かる。まあそれもそうか。これがいっているのはつまるところ\(\hat{\b{k}}\)という方向に進む波があるのなら、その逆向き\(-\hat{\b{k}}\)という方向に進む波も存在するんだよ!ということなのだから。
ということでプラス符号だけをとって\(k=\sqrt{\mu_0\bar{\epsilon}}\omega\)としても問題ないから、これからはそうすることにしよう。これで\(\b{E}=\b{E}_0e^{i\omega\left(t- \sqrt{\mu_0\bar{\epsilon}}\hat{\b{k}}\cdot\b{r}\right)}\)となる。
そろそろ複素屈折率の定義をする。
それにはまず普通の
屈折率
の定義から見直していかないといけない。高校物理でもやるが、屈折率というのは光が物質の中を進むときの速度\(v\)と、真空中の光速\(c\)との比だった。つまり、物質の屈折率\(n\)は
\[n=\frac{c}{v}\]
という風に与えられる。では、さっきの(4)式の波の因子\(e^{i\omega\left( t \pm \sqrt{\mu_0\bar{\epsilon}}\hat{\b{k}}\cdot\b{r}\right)}\)をみてみよう。\(e^{i(\omega t - kx)}\)という波の速度は\(v=\omega/k\)で出せる。したがって、今回の波の速度(のようなもの)は、\(1/\sqrt{\mu_0\bar{\epsilon}}\)ということができるだろう。また、真空中の光速\(c\)は\(\bar{\epsilon}\)を\(\epsilon_0\)に変えて、\(c=1/\sqrt{\mu_0\epsilon_0}\)であるから、この場合の屈折率は、
\begin{align}
\bar{n} &= \frac{c}{v} \\\\
&= \frac{\sqrt{\mu_0\bar{\epsilon}}}{\sqrt{\mu_0\epsilon_0}} \\\\
&= \sqrt{\frac{\bar{\epsilon}}{\epsilon_0}}
\end{align}
となる。この\(\bar{n}\)を
複素屈折率
と呼ぶ。
当然複素屈折率なのだから、実数部と虚数部を持っている。そこで、
\[ \bar{n} \equiv n + i\kappa \]
という風に定義しておく。ちなみに誘電率の実数部\(\epsilon_r\)、虚数部\(\epsilon_i\)とは、\(\bar{\epsilon} = \epsilon_0 \bar{n}^2\)の関係で結ばれており、
\begin{align}
\left\{
\begin{array}
~\epsilon_r = \epsilon_0(n^2 - \kappa^2) \\
\epsilon_i = 2\epsilon_0 n\kappa
\end{array}
\right.
\end{align}
となっている。
3.複素の速度?複素の屈折率?
そろそろ意味不明になってきた。波の速度(のようなもの)は、\(\frac{1}{\sqrt{\mu_0\bar{\epsilon}}}\) ???? なんだそれ、複素の速度? 想像もできないなぞの量が出てきてしまった。
が、ここは計算上そうなってしまったのだからしょうがない。これは数学の産物として考えてしまって、物理的な詮索はやめてしまおう。一応補足しておくのであれば、次のような感じになるだろうか?
最初に波の式を複素数で表そうといったときのことを思い出してもらいたい。指数関数で表すために無理やりEulerの公式を使って書き換えたのだった。しかし、
物理的な意味を持っているのはその実数部だけなのだ。だから、計算途中で上のような意味不明な量が出てきてしまってもしょうがない。実際につかうときには最後に実数部だけを取り出す、という作業を行うので問題ないのだ。
4.電磁波の減衰
平面波の式
\[\b{E} =\b{E}_0e^{i(\omega t - k\hat{\b{k}}\cdot\b{r})}\]
の\(k\)に今導出した関係
\[k=\sqrt{\mu_0 \bar{\epsilon}}\omega = \sqrt{\mu_0 \epsilon_0}\bar{n}\omega = \frac{\omega}{c} \bar{n} = \frac{\omega}{c} (n+i\kappa)\]
を代入してみる。ちなみに\(\hat{\b{k}}\)というのは波数ベクトルと平行な単位ベクトル、つまり波の進行方向を表す大きさ1のベクトルである。
\begin{align}
\b{E} &=\b{E}_0e^{i(\omega t - k\hat{\b{k}}\cdot\b{r})} \\\\
&=\b{E}_0e^{i(\omega t - \frac{\omega}{c} (n+i\kappa) \hat{\b{k}}\cdot\b{r})} \\\\
&=\b{E}_0e^{i\omega (t - \frac{n}{c} \hat{\b{k}}\cdot\b{r})}\cdot e^{i\left(i\frac{\omega}{c}\kappa\right)\hat{\b{k}}\cdot\b{r}} \\\\
&=\b{E}_0e^{i\omega (t - \frac{n}{c} \hat{\b{k}}\cdot\b{r})}\cdot e^{-\frac{\omega}{c}\kappa\hat{\b{k}}\cdot\b{r}}
\end{align}
となって、波の因子に、減衰項\(e^{-\frac{\omega}{c}\kappa\hat{\b{k}}\cdot\b{r}}\)が引っ付いた形になる。つまり、\(\kappa \neq 0\)のとき、波は指数関数的に減衰するのだ!
一応補足だが、減衰するとはいってもエネルギー保存則があるのだから、ただなくなっておしまい!というわけにはいかない。そのエネルギー分を何が受け取っているかというと、物質の中の電子がその役割を担っているのだろう。それでジュール熱として発熱するわけだ。電子が流れない状態の物質、すなわち導電率\(\sigma=0\)である物質では減衰がないのはそういうわけだ。
ちなみに\(\kappa\)のことを
消衰係数
とよんだり、
減衰係数
と呼んだりする。直接減衰に関係しているのだから妥当だろう。