1.グリーン関数
今回は、遅延ポテンシャルをわりと厳密に求めていく。スカラーポテンシャルに関する波動方程式
\[\frac{1}{c^2}\frac{\partial^2 \phi}{\partial t^2}-\nabla^2\phi=\frac{\rho}{\epsilon_0}\tag{1}\]
をとりあえず時間に関してフーリエ変換する。つまり、
\begin{align}
\phi(\b{r},t) = \int_{-\infty}^\infty \phi(\b{r},\omega)e^{-i\omega t}d\omega \\
\rho(\b{r},t) = \int_{-\infty}^\infty \rho(\b{r},\omega)e^{-i\omega t}d\omega
\end{align}
のように\(\phi,\rho\)を複素正弦波\(e^{-i\omega t}\)で展開するわけだ。本当は右辺と左辺で関数の記号を変えるべきなのだが、今回は面倒くさいのでそれはしない。\(\omega\)が入っていればフーリエ変換したさきの関数だと思って欲しい。すると、時間微分は\(\frac{\partial}{\partial t}=-i\omega\)とかけて、(1)は
\[-k^2\phi-\nabla^2\phi=\frac{\rho}{\epsilon_0}~~~~(ただしk=\frac{\omega}{c})\tag{2}\]
と書き直される。この方程式の解を、前回やったように点電荷の重ね合わせで求めることを考えよう。点\(\b{x}\)に点電荷があるときの電荷密度は、\(\rho=\delta(\b{r}-\b{x})\)と書くことができるだろう(電荷の大きさは今は考えない)。だからまず、一つの点電荷がつくるスカラーポテンシャルは以下の形の方程式を満たすはずだ。
\[(k^2+\nabla^2)G(\b{r},\b{x})=-\delta(\b{r}-\b{x})\tag{3}\]
Gというのは点電荷がつくるスカラーポテンシャルをこうおいただけだ。もし、このGを求めることができれば、
\[\phi(\b{r},\omega)=\int G(\b{r},\b{x})\frac{\rho(\b{x},\omega)}{\epsilon_0}d\b{x}\tag{4}\]
のように重ね合わせることで、\(\phi\)を求めることができる。
実際、(4)式に\(k^2+\nabla^2\)をかけてみると、
\begin{align}
(k^2+\nabla^2)\phi(\b{r},\omega)
&=(k^2+\nabla^2)\int G(\b{r},\b{x})\frac{\rho(\b{x},\omega)}{\epsilon_0}d\b{x} \\
&=\int (k^2+\nabla^2)G(\b{r},\b{x})\frac{\rho(\b{x},\omega)}{\epsilon_0}d\b{x} \\
&=\int \left(-\delta(\b{r}-\b{x})\right)\frac{\rho(\b{x},\omega)}{\epsilon_0}d\b{x} ~~~(\because(3)式)\\
&=-\frac{\rho(\b{r},\omega)}{\epsilon_0}
\end{align}
となって、(4)式の解が波動方程式を満たしていることは間違いない。
ということで、(3)式のGのことを
グリーン関数
と呼ぶ。特に今回の(3)式は
ヘルムホルツ方程式と呼ばれる方程式だから、このGのことを、
ヘルムホルツ方程式のグリーン関数と呼んだりもする。
ということで、波動方程式を解く問題は、グリーン関数を求める問題に帰着した。
2.遅延グリーン関数
ここからは
\[(k^2+\nabla^2)G(\b{r},\b{x})=-\delta(\b{r}-\b{x})\tag{3}\]
を解く。ところで、Gは点電荷からのスカラーポテンシャルだったから、点電荷を中心におけば球対称な関数になるはずだ。つまり、Gは\(\b{R}=\b{r}-\b{x}\)だけで決まっているといえるだろう。そこで、(3)は次のようにかける。
\[(k^2+\nabla^2)G(\b{R})=-\delta(\b{R})\tag{5}\]
これの両辺を\(\b{R}\)に関してフーリエ変換しよう。まずGは、
\[G(\b{R})=\int G(\b{K})e^{i\b{K}\cdot\b{R}}d\b{K}\tag{6}\]
としてやればよい。右辺のデルタ関数のフーリエ変換はなんだっただろうか?ちょっと思い出すために、少し寄り道しよう。
一次元のデルタ関数についてフーリエ変換してみると、
\[\mathcal{F}[\delta(x)]=\int_{-\infty}^\infty\delta(x)e^{ikx}dx=1\]
となる。ということは、1を逆フーリエ変換すればデルタ関数が得られるはずだ。よって、
\[\delta(x)=\mathcal{F}^{-1}[1]=\frac{1}{2\pi}\int_{-\infty}^\infty 1e^{-ikx}dk\tag{7}\]
という関係式を得る。k→-kと変数変換しても結果は変わらない。つまり、
\[\delta(x)=\frac{1}{2\pi}\int_{-\infty}^\infty e^{ikx}dk\tag{7'}\]
三次元なら、簡単に、
\[\delta(\b{x})=\frac{1}{(2\pi)^3}\int e^{i\b{k}\cdot\b{x}}d\b{k}\tag{8}\]
となるだけだ。
では本題に戻ろう。(5)式のフーリエ変換は、(6)と(8)を使って、
\[(k^2-\b{K}^2)G(\b{K})=-\frac{1}{(2\pi)^3}\tag{9}\]
を得る。したがって、
\[G(\b{K})=-\frac{1}{(2\pi)^3}\frac{1}{k^2-\b{K}^2}\tag{10}\]
となる。あとはこれを(6)式に戻して計算すればG(R)を出すことができる。さっそくやっていこう。途中で\(\b{K}\)を球面極座標\((K,\theta,\phi)\)に変換していて、そのz軸をR方向にとった。そうすれば、内積\(\b{K}\cdot\b{R}=KR\cos\theta\)となって計算が楽だからである。
\begin{align}
G(\b{R})&=\int G(\b{K})e^{i\b{K}\cdot\b{R}}d\b{K} \\
&=-\frac{1}{(2\pi)^3}\int\frac{e^{i\b{K}\cdot\b{R}}}{k^2-\b{K}^2}d\b{K}\\
&=-\frac{1}{(2\pi)^3}\int\frac{e^{iKR\cos\theta}}{k^2-K^2}K^2\sin\theta dKd\theta d\phi\\\\
&=\frac{1}{4\pi^2}\int_0^\infty\left(\int_{-\pi}^\pi e^{iKR\cos\theta}\sin\theta d\theta\right)\frac{K^2}{K^2-k^2}dK ~~~~~~~~~~(\because \int_0^{2\pi}d\phi=2\pi)\\\\
&=\frac{1}{4\pi^2}\int_0^\infty\left(\frac{e^{iKR}-e^{-iKR}}{iKR}\right)\frac{K^2}{K^2-k^2}dK\\\\
&=\frac{1}{i4\pi^2R}\int_0^\infty e^{iKR}\frac{K}{K^2-k^2}dK-\frac{1}{i4\pi^2R}\int_0^\infty e^{-iKR}\frac{K}{K^2-k^2}dK \\\\
&=\frac{1}{i4\pi^2R}\int_{-\infty}^\infty e^{iKR}\frac{K}{K^2-k^2}dK \tag{11}
\end{align}
こんなふうに計算していける。しかしどうだろう。(11)式の分母はK=±kで0になってしまうではないか。これでは積分は発散してしまう。何かいい方法は無いだろうか?
実は、
無限の過去で波動が存在しないという境界条件を指定することで、この問題を回避することができる。
では、この境界条件を導入していこう。最初にスカラーポテンシャルを、
\[\phi(\b{r},t) = \int_{-\infty}^\infty \phi(\b{r},\omega)e^{-i\omega t}d\omega \]
というふうにフーリエ変換した。この\(\phi(\b{r},t)\)をt→-∞で0にしたい。そこで、安直だが、とりあえず小さめのa>0を使って、
\[\phi(\b{r},t) = e^{at}\int_{-\infty}^\infty \phi(\b{r},\omega)e^{-i\omega t}d\omega\tag{12}\]
と書いてみよう。少し変形すると、
\[\phi(\b{r},t) = \int_{-\infty}^\infty \phi(\b{r},\omega)e^{-i(\omega+ia) t}d\omega\tag{13}\]
となる。つまり、\(\omega\to\omega+ia\)のように置き換えてやれば無限の過去で0にできる。(11)のkは\(k=\omega/c\)だったから、これはkに小さな虚数部を与えることに対応する。というわけで、
\[k=k+i\epsilon\tag{14}\]
としよう。もちろん、\(\epsilon>0\)というのは、境界条件を満足させるために適当に付け足した定数だから、答えに残っていては困る。だから、(11)の積分を処理した後は\(\epsilon\to 0\)の極限をとることを忘れないようにしないといけない。
ともかく、(14)式によって、(11)の積分が発散することは免れた。じゃあ計算したいわけだが、この計算もちょっとめんどくさい。留数定理を使うのだ。複素平面上の閉じた積分路Cを、実軸上の積分+上半円とすると、
\[\int_C e^{iKR}\frac{K}{K^2-(k+i\epsilon)^2}dK=\int_{-\infty}^\infty e^{iKR}\frac{K}{K^2-(k+i\epsilon)^2}dK\tag{15}\]
のようになる。上半円上の積分は、半径が無限大になれば、その大きさが指数関数的に減少することがわかるから、そこの積分は0になるのだ。
で、留数定理だ。(15)式の積分は、Cの中に含まれる極での留数、つまりローラン展開した時の-1次の項の係数で求まる。被積分関数でCに囲まれている極は明らかに\(K=k+i\epsilon\)だし、これは一位の極だ。ということで、留数は、
\[
\lim_{K\to k+i\epsilon}e^{iKR}\frac{K}{K^2-(k+i\epsilon)^2}(K-k-i\epsilon)
=\frac{1}{2}e^{i(k+i\epsilon)R}
\]
となる。したがって積分は
\[\int_C e^{iKR}\frac{K}{K^2-(k+i\epsilon)^2}dK=i\pi e^{i(k+i\epsilon)R}\tag{16}\]
となって、これを(11)式に代入すれば、グリーン関数が、
\[G(\b{R})=\frac{e^{i(k+i\epsilon)R}}{4\pi R}\tag{17}\]
となる。最後に\(\epsilon\to 0\)の極限をとれば、
\[G(\b{R})=\frac{e^{ikR}}{4\pi R}\tag{18}\]
長かったがこれでグリーン関数が求まった!!(ちなみにこのグリーン関数を
遅延グリーン関数
と呼ぶこともある。)
3.遅延ポテンシャル解
さて、(18)式でグリーン関数が求まったわけだが、もともと求めたかったのは、スカラーポテンシャル\(\phi\)であった。(18)式を(4)式に入れてやれば答えがでる。さっそくやっていこう。
\begin{align}
\phi(\b{r},t) &= \int_{-\infty}^\infty \phi(\b{r},\omega)e^{-i\omega t}d\omega \\
&= \int_{-\infty}^\infty \left(\int G(\b{R})\frac{\rho(\b{x},\omega)}{\epsilon_0}d\b{x}\right)e^{-i\omega t}d\omega\\\\
&= \int_{-\infty}^\infty d\omega\int d\b{x} G(\b{R})\frac{\rho(\b{x},\omega)}{\epsilon_0}e^{-i\omega t}\\\\
&= \int_{-\infty}^\infty d\omega\int d\b{x} \left(\frac{e^{ikR}}{4\pi R}\right)\frac{\rho(\b{x},\omega)}{\epsilon_0}e^{-i\omega t}\\\\
&= \frac{1}{4\pi\epsilon_0}\int_{-\infty}^\infty d\omega\int d\b{x} \frac{e^{-i\omega(t-R/c)}}{R}\rho(\b{x},\omega)~~~~(\because k=\omega/c)\tag{19}
\end{align}
ここで、もともと
\[\rho(\b{r},t) = \int_{-\infty}^\infty \rho(\b{r},\omega)e^{-i\omega t}d\omega\]
であったから、
\[\rho(\b{r},t-R/c) = \int_{-\infty}^\infty \rho(\b{r},\omega)e^{-i\omega(t-R/c)}d\omega\]
となって、(19)式のω積分は実行できる。すると、
\[\phi(\b{r},t)=\frac{1}{4\pi\epsilon_0}\int\frac{\rho(\b{x},t-R/c)}{R}d\b{x}\tag{20}\]
となり、これが
遅延ポテンシャル
である!今回は、純粋に波動方程式を解いただけなので、全く同様にベクトルポテンシャルについても遅延ポテンシャルを導くことができる。
途中で、無限の過去で波が0になるという境界条件をつけて積分の発散を防いだが、無限の未来で0になるような境界条件で考える事もできる。この場合には、解が先進ポテンシャルとなって、未来の電荷の情報が運ばれるような解が出る。こういう解は、現実にそぐわないので無視するのだ。